人生や使命をテーマにすることが多い本ブログ「Noh's Wayで生きる」ですが、本日のテーマは、自分の経験を生かしたいという方、特に、その経験の生かし先を使命に見出したいと思われている方には相性が良い記事です。、
「自分とは何か」という質問を投げかけた昨日の記事があります。経験を生かそうとするのであれば、その経験にひもづかれている自分について関心を持つ事が知恵ある道です。
経験を生かしたいのであれば、紛れもなくそれは自分の経験を生かしたいのでありましょうから、その自分とは何かという問いに応えられる範囲がそのまま、経験を生かせる範囲とも言えそうですよね。「自分とは何か」という問いに応える深さや広さや、そして精密さの分だけあなたの経験が生かされる事となりましょう。
今日の記事は、そこに加えまして、「何故、それを自分と思うのであろうか」という問いかけです。
多くの方はこう思うでしょう。
体の範囲を自分だと思う。
皮膚の範囲の中身を自分だと思う。
あなたも、体の範囲を自分だと思っている事でしょう。まさか、体の範囲でないものは自分だとは思わないですよね?
体の範囲を自分だと思っているあなたですが、一体どうして、それを自分だと思っているのでしょうか?それを考えられた事はありますか?
「自分とは、何ですか?」
「この体の範囲だよ。」
何故、それを自分だと思うのですか?
何故、それを自分だと思うのでしょうか?
あなたの身近にいる人は皆んなそうです。
例えば、あなたを生む様になった父親や母親、そして子どもがいるのでしたら、息子くん、娘ちゃんに至るまで、皆んなですね。先生も上司も部下も、皆んながみんな体を自分だと思っていますが、何故それを自分だと思うのでしょうか?
その様な問いを土台として(問いに対する答えを得ていないとしましても)、自分として「どう生きるのか」という事を多かれ少なかれ考えている皆さんだと思いますが、本当にここはよく考えたいところです。
自分の経験を使命に生かすというときに、自分というものがとても大事になってきまして、「自分が何であるのか(What)」、「何故、それを自分と思うのか(Why)」、「その自分でどう生きるのか(How)」という事は非常に関係があると思いませんか?
自分の経験を使命に生かしたいのであれば、とても大切な質問であろうかと思います。
自分とは何でしょうか?
何故、それを自分だと思うのでしょうか?
その自分がどう生きるのでしょうか?
その事と親和性の高いあなたの経験だった筈でしょうし、今は未だ見つけていない使命であろうかと思います。是非、自分とは何か?なぜ、それを自分と思うようになっているのでしょうか?その自分がどう生きれば良いのでしょうか?という問いを考えてみて下さい。
そして、今まではどう生きて行けば良いと思っていたのでしょうか?今からはどう生きていきたいと思うのでしょうか?その質問と併せて考える事で、何かしらの変化のキッカケにして下さればと思います。
あなたが経験を生かして使命に生きるという事には非常に親和性が高い質問を放ちました。
今日も見て頂いてありがとうございました。
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