2018年3月31日土曜日

影響力を受けること。影響力を与えること

人が持つ影響力というものがありますね。魅力であったり、包容力であったり、何かしら人間が備えているものや放つものがありますね。本日は、

「影響をもらった」
「影響を及ぼされた」
「魅力が影響を及ぼしていく」

などの姿に関心がある方に相性が良い記事です。宜しくお願いします。

参照記事「人生。関心ごとは人よりも生き方」

に触れます。その記事を深めたいと思いますので何が書かれていたか残っていない方は是非、参照記事も併せてお読み下さい。

記事の中で、

「大好きな人物だと気付くのは後」
「人物を知るキッカケは生き方。何をやったのか」
「ひっくり返るんですね。やっている事と人物というのが」

と表現している箇所があります。こうした表現を更に深く掘り下げると見えてくる背景があります。そのイメージ図を紹介したいと思っています。

例えば3つ目ですと、「ひっくり返る」という箇所において、センスがある方ですと、

「なるほど」

と分かる方もいらっしゃるかも知れません。ですが、多くの方は、何と何がひっくり返るのか、ひっくり返るというのはどういう意味であるのか、何によってひっくり返るのか、など分からない事が多かろうと思うのです。

私自身の表現不足もあります。

そうした未熟を補いながら、ものすごくよく理解できる効果の高さがありますので、是非イメージ図と併せて再度、お伝えし直したいですし、イメージ図と併せて読み深めて頂きたいと思い、その様な意味合いから、改めて記事にしています。

以前の記事で、人生を理解するイメージ図を描いています。人生を、次のように解釈します時、

(人) どんな人になって
(生) 何をやるのか

どう生きるのかという話として触れているのですが、私自身が大切にしている優先順位は、②よりも①の方を重要視していると伝えていました。何をやるのかよりも、どんな人になっての方を大事にしてきました。

番号で書きますと、

①(人) どんな人になって
②(生) 何をやるのか

ですが、以前の私を含みまして実は多くの人は、①よりも②の方を重要視しているという話を、そこでしています。

数学的な表記をすれば、

①<②

の方が大きかったよという話を書き綴っています。

人生というのをイメージ図で描きますと、②の何をやるのかという絵と、そして①のどんな人間になってという絵は、次の様に描いておりました。


「どんな人間になって、何をやるのか」のイメージ図
イメージ図「どんな人間になって何をやるのか」




私は、劉備玄徳が大好きです。

参照記事の中でも劉備玄徳の話題を取り上げています。劉備玄徳その人を好きになる前までは、彼のやってきているという事に関心があるという話をしていますが、それを上記のイメージ図を活用してお話したいと思います。

上記の体人間の絵を劉備玄徳だとします。


劉備玄徳のやってきた事というのは、どの様に描けると思いますか?そして、私、島崎はどこにいるのかと言いますと、次のイメージ図の様に表しています。


劉備玄徳のやってきた事と、島崎がどこに居るのかを描いた絵
イメージ図「劉備玄徳と島崎」




右にある体人間の絵の場所にいます。



私が最初に見るのは、劉備玄徳その人ではないです。最初に見るのはどこでしょうか?それが次の絵です。



劉備玄徳がやってきた事を島崎が見ている絵
イメージ図「どこで出会うのか?」




体人間の絵で表している島崎から出ている波線がありますね。一つ目の波線で現わして、出会うところを三つ程で現わしています。

この記事は明日に続きます。
読んで頂いて有り難うございました。

経験を生かす仕事が無い理由とも言えます今日の記事

40代半ばから50代半ばの方。
自分の体験経験を生かしたい方。
経験を使命に生かしたい方。

人間であれば自分の体験経験を共有したい、生かしたいと思うものだという話を書き綴ってきました。続いて、それが人間らしさでもあるという話と、ですが一方で、その体験経験を共有できる人は居るのでしょうかというところまで話してきています。

結論を言いますと、
その様な人は一人も居ません。

「え?」

と思うかも知れませんが、実はそれこそが希望でもあります。その事を気付く事に、とても希望を感じます。前回の記事では、道具を使って体験経験をすると書きました。昨日の記事を読まれた方はその後に考えられた方もいらっしゃるかも知れません。

答えを、見つけられた方もいらっしゃるかも知れません。

掘り下げる話は別の記事で取り組みたいと思いますので、ここでは簡潔に触れたいと思います。

あなたの五感覚です。

それと、その五感覚を道具にして更に脳の認識です。

五感覚と言いますと視覚、聴覚、目で見て、耳で聞いて、鼻でかいで匂って、舌で味わって、皮膚で感じる。その五感覚の情報源をキッカケにして、道具としてそれらを統合する脳の認識、これによって意識が生まれると言われているのですが、この五感覚と人間の脳の認識活動によって体験経験をします。そして、その五感覚と脳の認識によって体験経験した事は一人ひとり全部違いますね。その体験経験するのが一人一人違うからこそ、その体験経験したものは他の人に本当の意味では共有が出来ません。

そうしますと、ジレンマがあります。

自分の経験を生かしたい。
生かし先はどこですか?
自分以外です。

経験元はどこですか?
自分です。

経験元と経験の生かし先が、自分と自分以外という事で分かれてしまうんですね。この自分というモノに対するイメージについて、質問を投げたり考えを巡らせる機会は多くないかも知れませんが、今からの時代はその作業無くして始まらない時代に突入しています。

だからこそ踏み入りたい領域です。

以前の記事で、海とお魚の話をしましたが、多くの方は、この体が自分だと思っていると思います。この体が自分だと思っている自分の範囲ですと、その体が体験経験できる範囲は必ず制限が生まれてしまいます。

体験経験できない領域が生じます。
その領域に別の体験経験があります。

あなたの五感覚と、あなたの脳の認識が経験している生産物と、他の方が体験経験されている事と同じ事を体験経験するという事が無いんですね。

細かく見たら少しずつ違います。

今までの時代は、そして今までの人生では大雑把な領域を扱う分には、全く問題が無かったかも知れません。

今までは、ですね。

ところが今からの様なAI時代に入っている様な、気持ちや心が繊細になってきている時代、そして、物質的や欲求や物質的な幸せを獲得してきている人間でしたら、更に上位の欲求や幸せ成功に走らねばなりません。

人間そのものに関心が向かいます。

今から、人間がより人間らしくなろうとする時代においては、今までのその荒っぽさでは生きていけません。今はその時にいます。ですので、私の方から投げかけたい疑問、或いは再考を促したい事があります。

体験経験を生かしたいなら、
本当の意味で生かしたいのでしたら、

その体験経験をしてきた道具を変える事です。
旧い道具のままでは、通用しません。

今から全く時代が変わっていきます。
今も変わっている最中です。

その時代にあって、体験経験を生かすという事がどういう事なのか、これを真剣に考えなければならない時です。

別の記事に続きます。
読んで頂いて有り難うございました。

2018年3月29日木曜日

成功体験を生かす上で考えておきたい事

本記事は、次の様な方に向けた記事です。

40代半ばから50代半ばの方。
自分の体験経験を生かしたい方。
体験経験を使命に生かしたい方。

先日まで書き綴ってきた内容を大ざっぱに表現すれば、人間であれば、誰かに共有したくなります。それが人間らしさでもあります。

本記事では、少し発展させ進展させるという意味合いから疑問を投げかけたいと思います。それが、少しばかりのショックであり衝撃となれば良いと意識して書き綴りたいと思っています。

宜しくお願いします。

体験経験は言うまでもなく、あなたの体験経験でしょう。生かしたいと思う体験経験ですね。それは、あなたの体験経験です。

その時、体験経験してきた道具があります。その道具を使ってあなたは体験経験を得ています。道具については別の記事で詳しく書き綴りたいと思いますが、ここでは先に進みます。

人間であれば使う道具です。
あなたも、その道具を使います。
道具を使って体験経験しています。

そしてその体験経験は、あなた特有の体験経験であり独特なものですね。同じ体験経験をされている人を探す事は困難です。


次の画像を見て下さい。
何色でしょうか?





見た通りに直ぐに分かりますね。
その通りでしょう。

ところが、あなたがブラウザ上で見ている色は、他のブラウザ上から見ている他の方にとっても、その方が見ている色と全く同じ色でしょうか?

この島崎が来ている服の色と、あなたが見ている色と、他の方が見ている色は、近い色かも知れませんが厳密に言いますと全く同じ色で見ている訳ではありませんね。

例えば、服の色として2色位をここに並べます。灰色Aと灰色Bとしまして。

そして、「どちらの色が近いですか?」と島崎が問いましたら、あなたと、画面を通して見ている他の方との間では、もしかしたら全く同じ灰色Aを選んで、お二人は答えが重なるかも知れません。

同じ様にして色を増やせばどうでしょうか?

ここに同じ灰色と言いますか、灰色であっても少しずつ違う色として8色ですとか、16色、1024色、6万色とか10万色とか100万色が並んだとしますと如何でしょうか?そうなってきますと、お二人が全く同じ色を選ぶ自信が、あなたにはありますか?

私が当事者ですと私には自信がありません。

同じ色が100万色があったとしまして、

私が選ぶこの色と、
あなたが選ぶこの色と、
他の人が選ぶこの色と、

100万色の灰色の中から全く同じ灰色を選ぶ自信がありません。

そして、もう一つ自信が無いと言えば他の人と一致する事に限らず、私自身にも自信がありません。3時間前に選んだその色と、今選びましたその色と、3時間後に選んだその色と、同じ色を選べるのか?私自身の事であっても、100万色の灰色の中から本当に同じ灰色をを選ぶのかどうか、怪しいものです。

そのくらい、体験経験は固有のものです。

体験経験というのは道具を使って得られるのですが、その体験経験は、実は私だけの経験であり、あなただけの経験です。

ここで伝えたい事が2つあります。

一つは、だからこそとても掛け替えが無く、他に変えるものがなく素晴らしいと言えます。

特に強調しておきたいもう一つは、その体験経験の生かし先について考えたいのです。本記事で投げかけたい疑問です。あなたの為だけに使う体験経験だけならば気にする必要は無いかも知れません。

ですが、あなたが生かしたい体験経験の生かし先は、どこでしょうか?

あなたの為ではないですよね?
きっと、あなたは。

私は、そういう方と話したいと思っていますし出会いたいと思っていますので、その様な意味合いを込めて話し続けたいのですが、あなたが生かしたい体験経験はあなた以外の人の為に、そしてあなた以外のモノの為に生かしたいと、あなたは考えている筈です。

ところが、そのあなたの体験経験を共有できる人は居るのでしょうか?非常に深い意味合いを持つ問いかけです。このシリーズの記事を書き綴りたいと思うくらいですので、別枠で詳しく扱いたいと思っています。

本記事では、そういうものなのかと思って頂きたいです。

体験経験をする時に道具を使います。

道具そのものは実は皆んな同じですが、道具の使い方と言いますか、道具によって得た体験経験と言いますか、結果物としての体験経験は皆んな違います。

今日、本記事で確認したかった事は2つの問いです。

あなたが生かしたい体験経験というのは、どこに生かしたいのでしょうか?そして、その体験経験と全く同じ事を共有共感出来る人はこの世の中に、或いは今まで生きてきた人たち、今から生まれてくる人たち、1人でも居るのでしょうか?

ショック・衝撃の機会となる記事であれば嬉しいです。この記事は未だ続きます。

ぜひ、そちらもご覧になって下さい。
有り難うございました。

2018年3月28日水曜日

人生経験を生かす事の素晴らしさ

本記事は、次の様な方に相性が良いです。

40代半ばから50代半ばの方。
人生の経験をお持ちの方。
自分の経験を生かしたい。

自分の経験を生かした使命に生きるぞと思っていらっしゃる方に向けてお話します。

昨日の記事では、人間であれば体験経験を生かしたいと思うものだという事を書き綴っておりますが、そこに続きます。是非、そちらも併せてお読み下さい。

動物は、学んだ事、経験した事をどの様に生かすのか、どの様に伝承伝達していくのかという時を考えます。動物は、DNAを通して、つまり血統、子どもですとか子孫に対して、語り継いでいきます。

蓄積してきた事は子どもを産む事で、親から子へ、子が親になり更にその子、つまり孫へと伝承していきます。

一方、人間を考えます。

人間は、今、生きている現生人類ですが、言葉を話しますし、言葉を聞きますし、言葉を介して交流しますね。動物と大きく違う点です。言葉や言語を使いまして、Social・社会性を築き関係を築きます。

人間の場合も勿論、子どもや孫などの様に垂直の系統に伝承をしていくのですが、それに加えまして、言語を通して水平な系統に体験経験した事を共有する事が出来ます。子どもや孫でなくとも、同じ家柄でなくとも、です。

これが凄いんですね。

動物には中々出来ない事ですし、人間はそれをする事を通して、他の多くの動物の能力を生かして、一気に全ての動物を超えてしまいました。動物と人間の違いについては、別の記事に詳しく書き綴りたいと思いますが、ここでは人間が体験経験として学んだ世界は文字や言語を使いまして、同じ時代の人、同じ世代の人、今この2018年に生きる人、文字を理解できる人においては全ての人が理解でき共有できる様になっています。

この体験経験を何らかの形に置き換えまして擬似的に共有できるというこの素晴らしさ、凄まじさを感じずにはいられません。人間の尊厳を感じる一端でもあろうかと思います。

結果として、これが文化や文明へと発展していき、後から生まれてくる人たちにとってもその土台からスタート出来る様に良い貢献をしています。

人間と言いますのは、体験経験してきた事を何らかの形にして生かしたいですし、生かされ先と言いますのは、自分の子どもや孫だけではなくて、同じ時代を生きる人、共に生きる人たち、若しくは全ての後孫たちも含めて、生かされたい、生かしたい、生きていたい、貢献したい、役に立ちたいなどという想いがあります。真っ当な心であり誠実に生きる姿ではありませんか?

本記事を見て頂いているあなたもきっと、体験経験を生かす道があろうかと想いますので是非、その領域についても私に教えて頂きたいですし、そんなあなたとお話したいと思っています。

また、別の記事に続きたいと思います。
読んで頂いてありがとうございました。

2018年3月27日火曜日

経験を生かして使命に生きる第二の人生

自分の経験を生かしたい、自分の経験を生かした使命に生きるぞと思われている方に響く内容を意識しています。その中でも40代半ばから50代半ばくらいまでの方に相性が良いかと思います。

人間は、何かしらの経験をします。

経験は、特に体をもって経験をする体験が多いと思います。見てきた、聞いてきた事など五感覚を通して、考えてきた事や感じてきた事など意識に含まれるかと思います。そうした意識を通して経験してきた意識活動の総称の様なものとして理解して頂ければと思いますが、人間でしたら、そうした体験経験を何かに生かしたいと思うんですね。

動物と比較すると更によく分かります。
少しイメージして頂きたい事があります。

どこかしらの本に書いてあったと思いますが、チーズを探しに行くネズミの話をしますが、ネズミがそのチーズに辿りつく話でして、その経験が記憶に残らないという話です。迷路の様なところにチーズを置いておきます。ネズミにとってのご飯です。そのご飯であるチーズに辿り着くまでに、色んな道がありますが、その全ての道を体験して経験してチーズに辿り着きます。

そして、次の日に同じ場所にチーズを置いておきますと、その日もまた全ての道を通ってチーズを探そうとするという話です。

私たち人間からしますと、そのネズミの行動を見ますと、馬鹿だなぁと思うかも知れませんが、ネズミのDNAとしてその様に出来ていますね。考える事、考えが走る道がですね。



その様な考えと言って良いのか分かりませんが、ネズミは、その様なライフスタイルになっています。

人間は、その話と比較します時にネズミと比較しまして学びがあります。学習しますね、経験した事を。記憶と言いますか、遺しておきます。

「この道は、先が行き止まりだったぞ」
「この道は、まだ先が続いていたな」

迷路であっても一度経験した事は既に知っていますから、地図が頭に入っている人にとってはチーズまでは、まるで一本道の様なものです。人間だったら、その様に体験経験してきた事を次に生かす事が出来ますし、積極的に活かしたいとも思います。

次の記事では、その体験や経験をどの様に生かしてきたのかという事を時間軸を入れて、確かに体験経験を生かしているのが人間であるという事を確認する機会にしたいと思います。

是非、次の記事もご覧ください。
有り難うございました。

2018年3月26日月曜日

どんな人間になって。え?なる前がある?

タイトル「どんな人間になって何をやるのか?

に続く記事です。そちらも抱き合わせて読んで下されば読みやすいかも知れません。

本日は、人生に誠実で、人生を真面目に生きてこられた方に相性が良い記事にしたいと思っています。

人生は次の様に解釈しています。

(人)どんな人間になって
(生)何をやるのか?(どう生きるのか)

そのイメージ図は、この様にご紹介しています。





本日は、その中でも「どんな人間になって」に着目した話を書き綴ります。

どんな人間になって、何をやるのかと言います時に、何をやるのかという事も重要でありますが、それ以上に大切にしているのが、どんな人間になって、の方です。

番号を付けるとすれば、

1.(人)どんな人間になって
2.(生)何をやるのか?(どう生きるのか)

です。私自身が大切にしている事です。そして、私のブログを見て頂いているあなたも、1.番の方に関心を持たれている方であれば良いなぁと思いながら、お話しています。


そこに特化したイメージ図を話したいと思います。イメージ図は昨日の絵を用います。

青い色で描かれている絵が、どんな人間になってというイメージ図ですが、実はリンク先の記事を書いた時には触れませんでしたが、このイメージ図はよく見ますととても面白いです。絵自体は普通の絵です。ただ、よくよく考えてみます時に面白いと思えるのではないか?という投げ掛けとして受け取って下さい。

どんな人間になって、という表現を拾ってみて下さい。人間になって、と言いますが、なる前があるとは思えませんか?そして確かにこのイメージ図にも、その様な意味合いがあります。

体の人間は、黒いイメージ図ですよね。

何をやるのか?という赤い波線を消してみます。何をやるのか?は後で考えます。ここで大切にしたい事はどんな人間になって、の方ですので。絵をシンプルに見てみます。





更にシンプルにするならば、体の人間も消してみます。すると次の様なイメージ図になりますね。





どんな人間になって、というところは黒い線で描かれた頭と胴体をもつ体の人間ですが、その人間になる前ですね。それが青い線で描かれている部分です。

Noh's Wayでは、ここを重要視しています。

先日の記事では、その部分を水の様にイメージしてみて下さいと書いていますが、水が集まって高さが生まれて波になっているところです。

このイメージ図は、時間を止めて表していますからこのイメージ図で描けていますが、基本は重力が働いていますから、時間が流れている時であれば、波の高さをずっと保っていられずに重力に沿って下の方へ落ちて行きますね。

どんな人間になって、のところを掘り下げていく時、掘り下がった後のイメージ図が、その様なイメージ図です。水が集まって盛り上がって波となっているのですから、波となる前までにも段階があります。水が集まる段階、集まりだして高さを持つ段階、更に水が集まりだしてより高くなった波の段階、と時間が流れて行きまして、イメージ図の様な高さを持つ波となっていますが、その時間を巻き戻します。

時間を戻すので、波は高さを失います。

そのまま高さを失っていき、最早高さが無くなった後の水面へと時間が戻った時の絵になりますね。その水平面の絵が、人間になる前のイメージ図です。





水平。
平ら。

そこから時間が進みまして水が集まり高さを持った波へと変化するというイメージ図が、人間になるという話に展開しているのですが、それがどんな人間になってという話であり、背景にあるイメージ図になります。

どんな人間になって、という話を掘り下げる時に、或いは掘り下げなくともですが、その様な話をしている時には、水平面である時のイメージ図が背景にあった中で話す事が多いです。

このイメージ図がまたとても便利でありまして、別の記事でも積極的に使っていきたいと思う絵です。

2018年3月25日日曜日

どんな人間になって何をやるのかを絵で描くと

タイトル「人生は、どんな人間になって(人)、何をやるのか(生)

の記事と併せて読んで下さればと思います。人生について話している内容でした。人生について、以前に書いた記事とは違った角度から書き綴りたいと思います。

人生を、漢字で見ます時に、

(人)どんな人間になって
(生)何をやるのか?

と紹介しています。人生をその様に解釈する時の、その背景にあるイメージ図をご紹介します。「どんな人間になって、何をやるのか?」というイメージ図ですね。どの様な絵で描くのでしょうか?

ここでは、以下の様に描きたいと思います。





円と縦長サイズの楕円が描いてありますね?それは、目で見た時に見える人間の体を表現しています。手足を除いた頭と胴体です。この2つの円で、人間の体を現わしています。

何をやるのか?についてイメージ図に乗せて話しますと、その体の人間から、波打つ矢印が何本か発散する様に描かれていますね。それが、何をやるのか?という事のイメージ図です。



次は、「どんな人間になって」ですが、それは青い線で描かれた部分です。ここで水のイメージをしてみて下さい。

青い線で描かれた部分を水が生み出す波として表しているのですが、その波のイメージ図は、水が集まってきているところの絵です。水は、波の性質がありまして、高さのある水が集まりますと高さが足し合わさって更に水が高くなるという性質があります。

水が沢山集まりますと、高さを持つために上に盛り上がっていきます。水平で描かれている水のところには、矢印が2本描かれていまして、波の方向に描かれた矢印として存在していますが、これが水が集まる方向です。

ですので、水が集まって、ある所で上方へと盛り上がり、その波の先端に人間が描かれているという絵です。

青いところは、どんな人間になってという絵で、赤いところは、何をやるのかという絵です。島崎は、この絵がとても大好きです。活用すると便利な事が多いからです。

今日も見て下さって有り難うございました。宜しければ、別の記事もご覧になっていって下さい。

2018年3月24日土曜日

入り口というイメージ図

人生を考えるときの考えの入り口

という記事があります。その中で、「あなたは、人生を考えるとき、まず何から考えますか?」という質問を投げかけています。

考える時、考えを始める時と考えが進んでいく最中と考えが終わろうとする間際とがあります様に、時間的に色々な段階があろうかと思います。まず何から考えますかという問いは、その考えを始める時に着目しています。

人生を考える、その考えの入り口は何でしょうか?皆さんが、その事を考えた事があるかどうかは分かりませんが、考えの入り口についてイメージ出来るのであれば、後は同様にして考えの最中であったり、考えが終わろうとする間際についてもイメージしてみようとするかも知れません。

そして、考えについてイメージ図を描けるという事は、考えそのものを理解する事に繋がりますので大変に便利です。考えがどういうものなのかを分からないで考えるよりも、考えについての仕組みや構造を理解している状態で考える事の方が生産性が高いからです。

その様な意味合いから、本記事ではイメージ図を描いてみたいと思います。そして、リンク先の記事に書き綴ってある文章には、この様なイメージ図が背景にあったんだなと捉えて下されば、この記事を書いた意味があります。

どの様なイメージ図でしょうか?

それはこの様なイメージ図です。





円筒の形状をした図がありますよね。その円筒状の中に入ったり出たりしている図があります。間は空洞の様になっています。

筒状ですね。

円筒の筒状に入っていく向きとして矢印を2本、上方から円筒の中に入っていく絵を描いていまして、円筒の筒状から出ていく向きとして矢印を2本、円筒の中から外に出ていく絵を描いています。絵としては、円筒の中に入ったり、円筒から外に出たりする様な動きを含んでいるイメージ図となります。円筒は中が空洞の器の様なものですね。

その円筒の上方となる楕円の部分。
そこが入り口のイメージです。

以前の記事で、入り口と言った時のイメージ図はこの様なイメージ図としてお伝えしていました。使い方によって随分と便利な絵になりますので、皆さんも活用されてみて下さい。

いつも見て頂いてありがとうございました。

2018年3月23日金曜日

今までと今からのイメージ図

人生や使命をテーマにおいている本ブログです。

インターネットを検索しますと、人生や使命というのは沢山のページがヒットしますよね。沢山あるページの中から、私の記事を着目してくれているのだろうと思いますが、他の多くのページとは何かが違うと思われている方であったり、今までとは違う期待する何かがあると思ってくれている方であったりするのだろうと思います。

さて、今までとは違うという表現も、その奥行きにはイメージ図が伴っています。そのイメージ図をご紹介したいと思っています。

今までと違うという表現の「違い」に着目しますと、この「違い」というのは2つがありますよね。

AとBの様に、違う2つです。

「今まで」に対応するもう一つは、「今から」ではないでしょうか?違う2つと言いますのは、「今まで」と「今から」です。その「今まで」と「今から」を表すイメージ図として私が活用するものは一体どの様な絵だと思いますか?





今までを指し示している土台の絵がありまして、今からを指し示している土台の絵がありまして、その両者の土台を結んでいる斜線があります。階段ですとかステップが上がるというイメージだと見て頂いて構わないと思います。

「今までとは何かが違う」
「何か違うモノを感じる」

何かが違うと思われた時には、今までと今からとを分けまして、その今までと今からがどう違うのかという観点から整理しますと、その違いが鮮明になってきます。

私の記事と、その他の記事について、今までと何かが違うと捉えられた方がいらっしゃったり、何かしらの違いがあると期待されている方がいらっしゃる場合は、是非、この今までと今からのイメージ図を活用して改めて整理されてみて下さい。

想いもしなかったところから整理整頓が起こるかも知れません。

今日も見て下さって、ありがとうございます。ぜひ、別の記事もご覧になってください。

2018年3月22日木曜日

使命。命を使うというイメージ図

人生や使命をテーマにする事が多い私のブログです。今日は、使命について取り上げたいと思います。

漢字に着目します。ここで命を使うという様に解釈します。そうしますと命を何に使えば良いのでしょうかという問いが浮かび上がるかも知れません。

以前にも本ブログでは、「使命とは何でしょうか?命を使うと書きます。使命とは一体、何でしょうか?」と以前も問いかけた事があります。

命を使うという事のイメージ図に焦点を合わせたいと思います。色んなイメージ図で表せるかと思うのですが、今日、ご紹介したいイメージ図があります。

命を使うという事は小さな事ではありませんよね?

見て頂いているあなたが53歳であれば、その53歳のあなたが命を使うという事はどういう事でしょうか?少なくとも53年間分の人生を使うという事になりそうですよね。

別の記事では、経験を使うというイメージ図を紹介しましたが、そのイメージ図でいえば全ての土台を一気に使うという絵になりますね。命を使うという意味合いが、ほんの少しだけを使うという事であれば、命を使うとは言い表しがたいではないですか?





これらの土台全てを使いますよね?
その様な感じです。
全てを使う様なイメージ図です。

以下が、それです。





水をイメージしてみて下さい。
水が集まってきます。

水の性質は、波の性質を持っていまして、水が集まってきますと波の高さが高くなりますね。

集まり方の激しさが盛り上がってくると波が益々高くなりますね。その頂点の一番先の部分、先端を見てみて下さい。その上に点を描いていますが、その点を、更に上方に突き抜けていくイメージです。

水のイメージをしますと、波の先端部分を想えば、そこから先は下に行くしかありませんよね?重力がありますので。ですので、普通にしていますと、波の先端は下に向かう様になっています。

ここからは勢いで読んでみて下さい。

波から離れて、水自体が波から離れて、更に上方に吹き飛んでしまうんです。「ぶわーっ」と吹き飛んで散ってしまう勢いです。

本日は、命というところに焦点を合わせまして絵をご紹介しています。随分と便利なイメージ図ですので活用してみて下さい。

2018年3月21日水曜日

経験を生かすというイメージ図

皆さんと一緒に語りたいテーマは人生や使命です。自分の経験を生かしたいという方には特に読んで頂きたいと思っている本ブログ「Noh's Wayで生きる」です。

以前にも、皆さんと一緒に語りたいテーマという事で取り上げた事がありましたが、本日は、その背景にありますイメージ図に着目したいと思います。


経験を生かすというイメージ図です。
イメージ図ですので、絵ですね。

あなたは、経験を生かすという時にパッと思い浮かぶイメージ図はありますか?或いは、経験を生かす上で大切にしているイメージ図はありますか?

イメージ図があると、理解が深まる事があります。絵が有るか、無いかの違いは、モノの観方がシンプルになり得るか、なり得ないかを分ける程に大きな違いを生む事にもなりますので、是非、この件に限らずイメージ図による整理整頓を心がけてみて下さい。

さて、話を戻しますが、
経験を生かすという絵です。

どういう絵だと思いますか?

経験を生かすという時に、他にも使えるイメージ図は沢山あろうかと思うのですが、本記事では特に着目している絵がございます。その絵は次の様なものです。





何か、段々とした様な絵です。

最底辺に直線がありますね。

そして、この直線の上に一つの台が成り立っています。そして、その台を土台として、その上に更に成り立っている台があります。そしてその台をも土台として、その土台の上にも更に成り立っています。

そうして、段々とした様な絵になっています。

以前、蓄積してきたもの、積み上げてきたもの、歩んできたものの上に、成り立たせていくものだという絵として捉える事が出来るかと思いますが、如何でしょうか?

その様なイメージ図です。
とても大好きな絵です。

今後も書き綴る中で、この様なイメージ図に沿った話を展開する事も出てくるかと思います。私自身、その時がとても楽しみです。

今日も読んで下さってありがとうございました。

2018年3月20日火曜日

経験を生かす。何故、体の範囲が自分なのでしょうか?

人生や使命をテーマにすることが多い本ブログ「Noh's Wayで生きる」ですが、本日のテーマは、自分の経験を生かしたいという方、特に、その経験の生かし先を使命に見出したいと思われている方には相性が良い記事です。、

「自分とは何か」という質問を投げかけた昨日の記事があります。経験を生かそうとするのであれば、その経験にひもづかれている自分について関心を持つ事が知恵ある道です。

経験を生かしたいのであれば、紛れもなくそれは自分の経験を生かしたいのでありましょうから、その自分とは何かという問いに応えられる範囲がそのまま、経験を生かせる範囲とも言えそうですよね。「自分とは何か」という問いに応える深さや広さや、そして精密さの分だけあなたの経験が生かされる事となりましょう。

今日の記事は、そこに加えまして、「何故、それを自分と思うのであろうか」という問いかけです。

多くの方はこう思うでしょう。

体の範囲を自分だと思う。
皮膚の範囲の中身を自分だと思う。

あなたも、体の範囲を自分だと思っている事でしょう。まさか、体の範囲でないものは自分だとは思わないですよね?

体の範囲を自分だと思っているあなたですが、一体どうして、それを自分だと思っているのでしょうか?それを考えられた事はありますか?

「自分とは、何ですか?」
「この体の範囲だよ。」

何故、それを自分だと思うのですか?
何故、それを自分だと思うのでしょうか?

あなたの身近にいる人は皆んなそうです。

例えば、あなたを生む様になった父親や母親、そして子どもがいるのでしたら、息子くん、娘ちゃんに至るまで、皆んなですね。先生も上司も部下も、皆んながみんな体を自分だと思っていますが、何故それを自分だと思うのでしょうか?

その様な問いを土台として(問いに対する答えを得ていないとしましても)、自分として「どう生きるのか」という事を多かれ少なかれ考えている皆さんだと思いますが、本当にここはよく考えたいところです。

自分の経験を使命に生かすというときに、自分というものがとても大事になってきまして、「自分が何であるのか(What)」、「何故、それを自分と思うのか(Why)」、「その自分でどう生きるのか(How)」という事は非常に関係があると思いませんか?

自分の経験を使命に生かしたいのであれば、とても大切な質問であろうかと思います。

自分とは何でしょうか?
何故、それを自分だと思うのでしょうか?
その自分がどう生きるのでしょうか?

その事と親和性の高いあなたの経験だった筈でしょうし、今は未だ見つけていない使命であろうかと思います。是非、自分とは何か?なぜ、それを自分と思うようになっているのでしょうか?その自分がどう生きれば良いのでしょうか?という問いを考えてみて下さい。

そして、今まではどう生きて行けば良いと思っていたのでしょうか?今からはどう生きていきたいと思うのでしょうか?その質問と併せて考える事で、何かしらの変化のキッカケにして下さればと思います。


あなたが経験を生かして使命に生きるという事には非常に親和性が高い質問を放ちました。

今日も見て頂いてありがとうございました。

2018年3月19日月曜日

誰の経験を生かしたいのか?だからこそ重要な問い

自分の経験を生かしたいと考えられている方に相性の良い記事とします。本日の記事は、答えのないかの様に思える問いを投げかけますが、重要な質問でありますので、是非お付き合い下さいませ。




私には私なりの経験があり、あなたにはあなたなりの経験があります。あなたが40歳であれば40歳なりの経験がありますでしょうし、あなたが50歳であれば50歳であれば50歳なりの経験をお持ちでしょうし、53歳そして62歳であれば、その年齢なりの経験をお持ちかと思います。

その経験を何かに生かしたいとする時の話です。

今日のテーマは、少し違った切り口から書き綴りたいと思います。それが次の質問です。


自分とは何でしょうか?


経験を生かそうとする時、大体は自分の経験ですよね?経験という前に、自分という文字が入りませんか?

「自分の経験を生かしたい」「自分の経験を生かそう」。生かそうという時には、そこには自分というモノがひもづいているのではないかと思います。

ですので、問います。
自分とは何でしょうか?

今日の記事の問いかけはそこです。

「経験を生かしたい」

それには、ひもづいている自分とは何かという問いも非常に相性の良いテーマではなかろうかと思います。

ただ、「自分とは何か」という本来は関心が深いテーマでありながらも、中々難しいテーマですよね。簡単に答えを見つけられる様な問いではありません。突き詰めてみても分かりません。ましてや大ざっぱにパッと見ただけでは答えが出る様な問いではありませんから、追求を諦める方も多いかと思います。

その様な不明瞭な事を考えたり答えの無い様な質問に想いを巡らせるよりも、経験がハッキリしているのだから、とにかく経験を生かせば良いのだと考える方も多いのかも知れません。

ですが、本記事では、自分とは何かを重要視しておりまして、人生や使命を考える上でも、自分とは何かを重要視しております。切っても切り離せないものと捉えています。本ブログに何かしらの期待を感じてくれている皆さんでしたら、是非、私と同じ様に、この問いに向き合ってみて下さい。

経験を生かそうと思えばこそ、自分とは何かという問いを抱き合わせて考えられて見て下さい。

さて、多くの方は自分とは何かという問いを深く掘り下げる機会はないかもしれませんが、漠然とは答えを持っている筈です。この記事では、この様に紹介したいと思います。

多くの方は、この様に考えられているかと思います。

自分は、皮膚に囲まれている範囲だ。
自分は、この体の範囲だ。
自分は、皮膚の形状の内部にある。

などなど、幾つか表現してみましたが、指し示しているイメージはどれも同じです。この様に捉えている方が多いのではないかと思います。

あなたが自分といった時にも、皮膚の内側、体の範囲を自分であると捉えているのではないかと思います。あなたが体を動かせば動く範囲ですね。

自分とは何でしょうか?

本来はとても深い質問です。
答えは簡単ではありません。

本記事では、多くの方が見ている自分をどの様に表現するか、という意味合いでお話しています。体の範囲を自分だと置いているという表現です。

皆んな、そう思っています。

ありがとうございました。

2018年3月18日日曜日

時代の影響を受ける社会システム

問題はシステムにあると考えられた事がある方、システムこそが問題だと考えられた方に相性の良い記事です。誰か特別な個人一人、或いは責任者一人の問題ではなくシステムが問題だと考えられた事がある方に響く内容を意識しています。海とお魚の関係に例えているここ数日の記事ですが、その記事に引き続きます。



お魚がどう生きるのかという意味において、そのお魚が最高の一手を放つには、海の仕組みを理解している事がとても大切なのですが、その海とお魚の関係の様に私たち人間の人生においても同様に考える事が出来る事を紹介してきました。そうしますと、私たち一人ひとりがどう生きるのか、そしてあなたがどう生きるのかを考える上で、その海ですね、あなたを取り巻く海、環境、背景について、その仕組みを理解する事はとても重要です。

人間を取り巻く海とは、空間的な環境であったり時間的な環境であったりしますが、今日は時代という側面から考える記事とします。あなたは、今がどういう時代だと思いますか?今はどの様な時代だと考えられていますか?

少し大きく思える話になるかも知れませんが、重要な展開でもありますので、是非お付き合い下さい。

時間を遡ります。、

人類は500万年の歴史だと言いますね。そして長い間、文明らしい文明はありませんでした。農業もなかった頃がありまして、非常に長い長い時を経て農業が誕生します。

農業をやって無かった時から農業が生まれます。農業革命による農業社会が誕生します。それまでのライフスタイルは農業とは関係の無いライフスタイルですよね。農業はありませんし。

農業革命によって、農業、農耕、農作物が生まれて、農作物はどんどん生まれていきまして、ライフスタイルは変わります。

農業社会において、食べて行こうと思います時に、必要とする知識、技術、道具といものはどういうものでしょうか?

農業が生まれる前の時代、つまり採集や狩猟の頃でしたら、採集や狩猟なりの知識であったり技術であったり道具であろうかと思います。

では農業社会のその時に、人間はどう生きれば良いのでしょうか?その時代に人はどう生きたら良いのでしょうか?

その頃から時代は下りまして暫くしますとまた、革命が起きます。

産業革命ですね。

産業革命によって、次は産業社会が生まれます。産業社会になってからは、それまでのライフスタイルと、それからのライフスタイルは、これがまた大きく変わる事になります。全く違う生き方になっている筈です。

詳しくは別の記事に譲りまして、次に進みます。

産業革命が起きて産業社会となり、生産物が工業物、工業製品になり、どんどん増えていくわけです。私たちを取り囲む環境は随分と変化していきます。

産業社会のその時に、食べて行こうと思います時に、必要とする知識、技術、道具と言えばどういうものでしたでしょうか?

更に時代は下ります。
今という時代。

今はどういう時代でしょうか?

農業革命と産業革命の下で、次に起きた革命があるならどんな革命で、その革命によってなされた社会とはどの様な社会であるのか、そしてその社会で食べていく為に必要な知識、技術、道具、そして商品というのは何に当たるでしょうか?

きっと、あなたにとってその事を考える事は人生をより良く豊かにする筈です。分かりやすいところでは、あなたがもし営業の仕事をしているのであれば、こうした質問というのはとても大切ですよね。

営業でなくてもそうです。

今日は、システムに対して問題であるという事を考えます時に、今がどんな社会システムであるのか、そしてライフスタイルにおいて、そのライフスタイルを構築しているシステムとは何なのか、というテーマに少しでも迫れば良いという意味合いから、私たちを取り巻く環境、海という話を時代になぞらって触れてきました。

今日も見て下さってありがとうございました。

2018年3月17日土曜日

お魚は、どう生きれば良いのでしょうか?

どう生きればいいのかという事に関心を持たれたことがある方に相性が良い記事です。別の記事で、海とお魚の話を幾つかしていますが、「海とは何なのか」「どうしてお魚は海から影響を受けるのか」という本記事と相性の良いテーマで海とお魚の話をしています。ぜひ、そちらも併せてお読みください。

お魚と海はお互いに影響を及ぼしあう関係ですが、海に生きるお魚はどう生きるのかを考えます時に、海と切り離されたお魚だけが立派に生きていけるという事を考える事は大変な事です。

海とお魚の話は、私たち人間にも同様の事が言えます。お魚である私たちがどう生きるのかという事だけを、海と切り離して考える事が出来ないという話です。

「どうしてお魚は海から影響を受けるのだろう」という疑問とは関係なしに、お魚が生きていく事は知恵ある生き方とは言えません。

海と切り離して考えられたら大変に楽ではありますけれども、実際はその様にはなっておりません。必ずと言って良い程、海から影響を受けるお魚です。ですので、どう生きれば良いのかという関心を持たれている方ほど、実は次に関心を寄せて頂きたいのは海です。

海とお魚の関係を明らかにしましょう。
それが人生を豊かにする上で不可欠です。

勿論、お魚のことだけを考える人生であっても良いです。ですが、その時は海が変わる時には翻弄されてしまうお魚ですよね。その場その場で変わってしまいます。

確かに、海が温かい時には、温かいなりにどう生きれば良いのかと考えれば良いですし、海が冷たい時には冷たい時なりにどう生きれば良いのかを考えれば良いでしょう。環境の変化が緩やかである場合にはそれで十分かも知れません。

ですが、事前に準備することは出来ませんね。
変化の激しい環境ですと大変な人生ですね。

海が温かいなと思った時には、「あぁ、対応しようか」。海が冷たくなった時には、「あぁ、対応しようか」。その場その場での判断であっても、環境の変化が緩やかである場合には問題はありません。

それでも良いかと思います。
それも人生でしょう。

ただ、あなたの様に、「この先はどうなるのか」などのような疑問が生まれたり考えが出る様でしたら、そして先の事を準備しておきたいという事でしたら、やはり海の仕組みを理解しておかねばなりません。「お魚としてどう対応すれば良いのだろうか」だけではなくて、知恵ある道とは「海がどういう状態なんだろう」という事に関心を持つ様になる筈ですね。

お魚として、最適な一手、そしてどう生きるのかという最高の一手を放つのであれば、実は海を考えるという事もとても大切な一手となってきますね。

どのように生きれば良いのかという事について、今日は海が重要であるという事について触れている記事としました。

今日も読んでくださってありがとうございます。

2018年3月16日金曜日

トラとお魚さんが戦いました

生きていますと、様々なハプニングは起こるものですね。ハプニングとも仲の良い島崎でありたいと思います。

海とお魚の話にまつわります。本記事はまた少し違う角度から書き綴ります。

トラとお魚さんが闘ったとします。
トラとお魚さんです。

どちらが勝つと思いますか?

トラでしょうか?
お魚さんでしょうか?

この場合は、勝つと言いますのは命が長らえるのはどちらでしょうかと置き換えても構いません。長生きしているのはどちらでしょうかという問いですね。

或いは、決闘のような戦いをする時の様に、どちらが勝つのだろうと解釈して頂いても構いません。

あなたは、どちらが勝つと思いますか?

トラが勝ちますか?
お魚さんが勝ちますか?

テーマは海とお魚という話にまつわっていますが、太平洋ですとか、大西洋ですとか、日本海ですとか、そうした海にトラがいたとします。トラは、自分の能力をいかんなく発揮できますでしょうか?

トラの能力と言えば、あなたは何を思い浮かべますか?トラが海にいる時に、どの様な能力を発揮するでしょうか?トラとしての能力をいかんなく発揮できる場所として、今まさにトラのいる場所が太平洋であったり、大西洋であったり、インド洋であったり、日本海であったりした場合、トラはどうなる事が予想されますか?

ここでいう海とは、島の上を含みません。もちろん、島という陸上にいるのではなく、海水に満ち満ちている海の中の事です。

トラはどうなりそうですか?
その環境でお魚さんと一緒にいます。

トラとお魚さんは、どちらが勝つのでしょうか?

冒頭に問いかけました質問は、私の方で条件を付けていた訳ではありませんでした。「こんな環境ですよ、このような状況ですよ」と条件を付けてはいませんでした。

ですがあなたは漠然と、平野であったり、森であると考えませんでしたか?そこにトラがいて、お魚さんがいるのだと考えませんでしたか?勿論、トラとお魚さんがいる環境が平野であったり、森でしたらトラの方が勝ちますよね。その場合は、お魚さんは勝てないでしょうね。

ところが、その環境は海だったんですね。


トラにとっての環境というのがあります。トラの能力がいかんなく発揮されてトラがトラらしく振る舞うことが出来るトラの環境です。その様に、お魚にとっての環境というのもあります。お魚がお魚らしく振る舞う事が出来て、お魚の能力がいかんなく発揮される場所です。

トラとお魚さんが闘った時に、その環境は実は、トラにとっての居心地の良い環境ではありませんでした。それどころか、トラにとって生命の危機となってしまう様な過酷な環境でした。

勝負する場所が、お魚にとって最適な環境である海であった場合、お魚のいる海でしたらトラの能力は発揮されないことでしょう。

トラとお魚さんが闘いました。

この話が、あなたにとって何かしらの気付きをもたらしたり、整理整頓に繋がれば嬉しいです。

いつも読んで頂きありがとうございます。

2018年3月15日木曜日

お魚に影響を与える海とは一体、何なのでしょうか?

たいていのことは自分の問題だと思いつつも、全てが自分だけに原因があるのではないと思われたことがある方、そして問題は、仕組みや構造などのシステムの方にある、という気付きを得られたことがある方を意識して書き綴っている記事です。

海とお魚の記事を抱き合わせてお読みください。




一体、どうしてお魚は海から影響を受けるのでしょうか?そのように問いかけている記事がありますが今日、本記事ではその影響をお魚に与えている海に着目します。

今日のテーマは、お魚に影響を与えている海、その海とは一体何なのでしょうか?それを問いかけたいと思っています。

海とは何でしょうか?

以前、別の記事ではお魚が住まう環境である海を、放射性物質に汚染されている海と、そしてプランクトンが沢山いてお魚さんからみて食べ物が沢山ある健康な海と、その両者の海を比較しまして、お魚が時間と共にどのように変化していくのかを例として挙げております。

あなたは、海について考えたことはありますでしょうか?

お魚に影響を与えている海、
その海とは一体なんでしょうか?

どのような仕組みや働きや機能があって、お魚に影響を与えているのでしょうか?一体、海にはどの様な方向性があって、海には何があるからお魚に影響を与えるようになっているのでしょうか?

海とは一体何なのでしょうか?

2018年3月14日水曜日

お魚は、どうして海から影響を受けるのだと思いますか?

使命や人生から少し離れている話題にします。ただ、少なからず関係のある話です。

本記事は、こんな方に相性が良いのではないかと思っています。自分の居場所といいますか、能力が発揮される場所というのを考えたことはありますか?あなたが、自分の能力を発揮できる、若しくは発揮できないということを考えられたことがある方には相性が良いかも知れません。

また、海とお魚の話をしている記事がありますので、そちらと抱き合わせて見て頂けたらと思います。




時間の経過とともに、どんどん元気に、そして健康になっていくお魚と、時間の経過と共に不健康に、場合によっては死んでしまうような環境、海のお話をしました。

ここで問います。

あなたはどう思いますか?どうして、そのお魚は、海から影響を受けるのでしょうか?

時間が経てば経つほど、確かに放射能に汚染されている海と、プランクトンなどの食べ物が健康で十分にある海がありますが、その両者を比較した時に、お魚さんは海から影響を受けるのですが、どうして海から影響を受けるのでしょうか?

あなたは、どう思いますか?

お魚が海から影響を受ける理由について、どのように考えますか?影響は受けそうですよね。今日、本記事で問題にしたいのは、なぜ影響を受けるのか、です。

海とお魚の話をしていますが、実は結構、使命や人生を追求する上でとても大切なことですね。

あなたの年齢が、10代、20代のときよりも、30代、40代の方が、その影響のことについて、よく身に染みることかと思いますし、30代、40代よりは、50代、60代になるにつれて、より環境の、つまりは海の影響を感じられているのではないかと思います。

別の記事でも引き続き考えたいと思います。
ぜひ、そちらもご覧になって下さい。

2018年3月13日火曜日

ある方のお話。第二の人生をガンで迎えた上司を前に考え始める

昨日の記事に続きます。脈絡が見えない方は是非、そちらの記事をお読みになってから戻ってこられると良いかと思います。




上司はこのようなことを言います。

「これから第二の人生を歩もうと思っていた時、俺はガンになったよ。今まで家族のため、会社のため一心不乱に仕事をやってきたから、定年退職をして、これからは俺の人生だ、俺の人生を歩むぞと思っていたんだ。家族にも会社にもつとめてきたから。その矢先に今こうしてガンになって死というモノを考えるようになっている。今からが俺の第二の人生だと思っていたのにどうしてなんだ?何で俺は今ここにこうしてるんだろう?最近はこんなことを考えるんだ」

上司のそうした発言を聞いているその方は上司の姿を見ながら、かつての尊敬している上司と照らし合わせながら、或いは抱き合わせて、重ねながら見ているのですが、余りにも重なりません。あまりにも別人に思えるんですね。上司の姿は弱々しいんです。或いは、上司の姿が哀しいです。憐れにも見えています。人は、こんなにも変わるのか、と驚きや戸惑いもあります。

あそこまで良くしてくれた上司のその姿が重なりにくいような映像として目の前の上司に重なるときに、その上司から出てくる言葉は、

「どうしてなんだ?」
「何故なんだ?」
「俺は何をしているんだ?」
「何で俺だけが?」
「俺の人生は何だったんだ?」
「人ってこういうものなのか?」
「今まで俺は何をしてきたんだよ?」

そのようなことを、その方に尋ねます。上司の話を聞きながら、上司からの問いかけを受けながら、何も言えないんですね。言葉が出ませんでした。

その方は50歳。

ベッドに横たわる65歳の上司を見たときに、やがては自分に照らし合わせながら考え始めるようになります。

ある人の話はここで終えます。





別の記事に、海とお魚にまつわる話を書き綴っている記事がありますが、そちらと抱き合わせて読んで頂ければと思いますが、その記事が指し示しているイメージと重ねて今の記事を読みます時に、見えてくることがあるのではないでしょうか?

海で泳ぐお魚は、そのお魚は海から影響を受けますよね。人間においてもそのように、人間が考える人生や使命というのは、その環境である海に影響を受けそうですよね。

昨日に続く本記事では、50歳に経験されたある方が使命や人生を考える時に、大きな影響を受けそうですよね?

53歳のその方は実際、大きな影響を受けています。

引き続き、海とお魚について、また考えていく記事を書き綴りたいと思っています。

良かったら、そちらの記事もお読みください。

使命や人生について考える私のブログです。
見て頂いてありがとうございます。

2018年3月12日月曜日

ある方のお話。第二の人生を歩もうとする矢先に尊敬する上司は

いつも見て頂いてありがとうございます。海とお魚について書き綴りたいと思っています。本記事では、あなたがもし生死のような、人の生き死にでしたら、動物などの生命の生き死にですね、生死に関わる話があります。

生死に関して何かしら考えられたことのある方には相性の良い内容であれば良いと意識しながら書いています。特に、40代半ばから50代半ばの方には、もしかしたら当てはまる方もいらっしゃるかも知れません。

本日は、ある人のお話をしたいと思っています。




ある人は、45歳ころから自分の人生と言いますか、生き方であったり身の振り方を考えるようになりました。45歳の頃から46歳、47歳と続きまして50歳になるにつれて、それまでにもどこかしらで聞いてはいたのですが、50歳になると天命を知るという話ですね。自分もそろそろ第二の人生について考え始める時期であることを、周りからも聞きますし自身でも確認するようになりました。

その方には、しきりに考える機会がありました。

その方は営業の仕事をしていますが、お世話になっていた15歳年上の上司がいました。頼りがいがある上司でした。程よく厳しくて、何でも教えてくれます。何でも教えてくれると言いましても、その方自身の実りになったり、実力が養われるような程よい距離感のある育成ですね。

その上司は面倒見が良かったこともありまして、その上司の部下であったその方は随分と育ちます。営業という仕事の資質もそうですし、人間としての資質が磨かれます。

その方は上司をとても尊敬しています。「すごい人だ。立派な方だ」と。ずっとそのように思ってきました。ですから、上司が退職した後も折に触れてお付き合いをしていました。

ある時。

その方が50歳になるとき、その方の上司の方が65歳のときですが、上司は何とガンになっていました。上司は入院しています。その方は上司のお見舞いにいきます。そこで上司の姿を見ます。尊敬していた上司の姿と、お見舞いに行ったときにベッドに横たわる姿とは、似ても似つかないくらいに別人でした。

上司は、その方に言ったことがあります。本記事はここまでにします。ぜひ、次に続く記事もお読みください。

話は、どう展開するのだと思いますか?

2018年3月11日日曜日

空間からの影響を受けている人生

昨日の記事に続きます。脈絡が分からない時は、昨日の記事を読んでから戻ってきてください。



ある時、あなたに転勤の辞令が出ました。福岡県に行ってくれないかと上司から言われます。東京での生活にも慣れてきた頃でした。熊本県から出てきたばかりの頃の東京は衝撃的なことばかりでしたけれども、仕事も、東京という環境でも一通り慣れてきた頃だったんですね。

その頃に転勤の辞令です。
福岡県福岡市に行ってくれと。

初めはあなたは、戸惑います。

東京のそれと比較すると、人数も、雰囲気も、お店ですとか、ありとあらゆる規模感が違います。住んでいる風景など、生活環境や周りの身近なところも一つひとつ全てが違います。

熊本のときにあなたが見てきた光景、そして出会って来た環境というものと、東京のときにあなたが出会っている都会、都心部そして、熊本と比べると福岡市は都会であり都心部ですが、東京と比べると福岡市はそこまで都会でも都心部でもありません。

時間の流れ方も、熊本とも、東京都も違います。人との交流も、違うように感じると思います。

熊本、東京、福岡という地域的な環境の変化をお話ししていますが、あなたの方では本来のあなたの人生経験に置き換えて読んでみて下さい。



熊本のときに受けている影響と、東京の時と、福岡市のときと、それぞれ違うんですね。違うことを何かしら感じるかと思います。

人生や使命をテーマに考えることが多い本ブログ「Noh's Wayで生きる」ですが、人生や使命を考えるときに、この体の範囲だけ、或いはあなたにおいても、あなたの体の範囲だけを考えている人生や使命を考えているということは、必ずしもそれだけを考えておれば良い、とはならない訳ですね。

熊本のときは、熊本なりの影響を受けますし、違う環境にいたときには違う環境の影響を受けます。別の記事では、そのことを海とお魚で例えていまして、熊本、東京、福岡という環境の違い、そしてあなた自身が子どものとき、大学、そして社会人五年目まで、それから社会人生活もなれた六年目以降の生活、それから10年、20年以上も経っているときの福岡についての生活もですし、空間からの影響を非常に強く受けています。

お魚だけではなくて、
海の影響を受ける。

熊本なりの、東京なりの、福岡市なりの、あなたが体験した中で人生や使命を考えることかと思います。

引き続き、海とお魚にまつわった記事を書き綴りたいと思っています。よろしかったらぜひ、そちらのご覧になってください。

2018年3月10日土曜日

人生は、場所の影響を受ける

人生や使命を考える上で私たちが影響を受けるものについて考える記事になればと思っています。海とお魚に例えた別の記事がありますので、そちらと併せて見て頂けると良いと思います。

今日の記事は、たいていのことは自分の問題だと置き換えられる方、自分のことに置き換えてものを見たり考える方、には相性の良い記事であろうかと思います。


あなたの生まれや育ちがどこなのか私は知りませんが、私の方ではこのように設定させて頂きますね。あなたは、熊本県で生まれて、ある年までは熊本県で育ちます。どちらかというと自然が豊かで、多くの人からは田舎だと思えるような町です。

本来は、違うであろうかと思いますので、あなたの方では置き換えて読んでみて下さい。

生まれも育ちも、育つ中で幼稚園から小学校、そして中学校、高校、大学生となる前までは熊本県で育ちます。熊本県で育ち高校生のときに大学受験のとき、そして大学進学のときに東京に上京しました。

初めてみる東京です。

ラジオやテレビを通して見えてくる東京という光景は、それなりの大きな衝撃としてイメージをあなたに残したと思いますが、いざ出かけてみて現地を目撃すると、本当に驚きます。

建物が大きいですとか、
人が多いですとか、

何から何までが熊本県のそれとは一つひとつ違う訳ですね。大学生活を営み、そのまま就職活動も東京で行い、社会に出ることも東京で、社会人生活も東京です。

やがて、東京という地域での生活にも慣れてきます。そこで仕事をするようになります。


この話は、次の記事に続きます。
この先、物語はどう展開すると思いますか?

ぜひ、次の記事もご覧になって下さい。
ありがとうございました。

2018年3月9日金曜日

人生。小学校のときに人生や使命を考えるとすると

昨日の話に続きます。昨日の記事を読んでから、こちらに戻ってきてください。

あなたが小学生の頃という設定を私の方でさせて頂いています。ぜひその設定でお読みくださればと思います。

先生や地域の大人たちを困らせている問題児がいて、その問題児の告げ口をします。問題児からすれば、陰口や悪口のようなものに当たるかも知れません。

あなたの住んでいるところは、地域の仲が良いんですね。同じ小学校区くらいの話ですと直ぐに伝わります。あなたは、問題児のことをその人には伝わらないように誰かに言ったかも知れません。ですが、地域ぐるみの仲の良さが災いしたのか、問題児のことはすぐに伝わります。

問題児から見たら、陰口とか悪口になります。

町として小さいので。問題児も、陰でそのように言われていることを知ります。

問題児は怒るじゃないですか?

伝わり方も、親から伝わるものだったんです。問題児は、父親や母親から怒られるんですね。怒られた問題児はどう思うでしょうか?どんな気持ちになりそうですか?

「何で僕がこんな目になっているんだ?」

やがては「そうか、あいつが」ってなります。あいつとは、あなたのことです。

あなたに矛先が向かうことになります。

あなたは、その問題児を敵にしたかった訳ではありません。親や周りを困らせていることについて、一言を言いたかっただけでした。

ただ、問題児からしたら、「あいつめ」となって、その日を境に色んなちょっかいをあなたにしてきます。自分だけでしたらまだよかったものですが、2歳下の弟と5歳下の妹にまで手が出るようでしたら、兄妹想いのあなたとしては自分のことのように、もしくは自分のこと以上にツラいんですね。

小学校の頃、このような環境に生きて、そのような思い、そのような体験経験をしたときに、そこから何かものを考える場合、一体どのようなことを考えそうですか?

問題児から、ちょっかいを出されているあなたが何かを考えるときに、環境から影響を受けそうですよね。

小学校の時には、使命や人生という言葉であったり、その規模でモノを考えないかも知れませんが、小学生なりに人生や使命を考えるときにも、その問題児からの影響を受けるかと思います。

色んな人がいますし、色んな経験をするものですから、小学校のときにした経験と言いますと、これと同じような経験をされている人もいるでしょうし、これとは違うような経験をされている人もいると思いますが、人それぞれ違うでしょうから、その中から経験する考えることや感じることなども全部、違ってくるでしょう。

人生について考える
使命について考える

ということも、違った考えになりそうですね。その事は何を表しているかというと、環境の影響を受けているという事であるかと思います。

小学校のときに、あなたの身の回りについて状況設定をしながら、お魚は海の影響を受けるという話をしました。私やあなたが、こうだと思うだけで人生や使命とはこういうものだと定めているのではなくて、実は深く掘り下げてみますと問題児や親や近所の人たちなど周りの影響を受けていた上でのことであると気付きます。

別の記事でも、小学校の記事でないときの例え話をしながら、海からお魚の影響を受けるという話をします。

そちらもご覧ください。
ありがとうございました。

2018年3月8日木曜日

人生。小学校のときを振り返る

使命や人生のことについてお話しする機会の多いNoh's Wayの記事です。今日の記事は、特にこんな方に相性が良いと思っています。

人生に誠実な方。
人生に真面目な方。

別の記事で、使命や人生を考えるときにも、この体の私、或いはその体のあなたの範囲だけを見るのではなくて必ず周りの影響を受けるという話をしています。

そのとき、海とお魚に例えている話がありますので、そちらの記事を合わせて見て頂けたらと思います。




あなたがもし、小学生の頃に、人生や使命を考えるとしますと、その頃はどんな環境であったのかという話をしてみたいです。

あなたが小学生のとき、どのような環境だったのかは私には分かりませんが、一つここでは私の方で、このように例えてみたいと思います。あなたの方ではぜひ、身近な話に置き換えて読んで頂けたらと思います。

小学校に入る前までは、特にその環境は目立ったいじめがあったですとか、問題児がいたですとか、そういった人は周りにはいませんでした。家では、父親や母親、家族は非常に円満で、目立った問題はなく順風満帆に育っていました。2歳下の弟と、5つ下の妹がいて、あなたはお兄ちゃんとして、よく面倒を見ていました。

小学校に入ると、いじめっ子・問題児がいます。言い方を少し変えますと先生を困らせる、或いはお友だちの父親や母親を困らせる、近所とか地域にある八百屋のオジサンを困らせたり、農家さんを困らせたりしていまして、そのような意味合いから問題児は地域では有名でした。

あなたからしたら、そのような距離を置きたくなるような問題児がいました。その問題児は大人を困らせるだけではなく、いじめっ子として周りの身近なお友だちたちをも困らせていきます。暴れん坊さんなんですね、問題児は。

あなたは、親や先生を困らせることに対しては多少の嫌悪感がありります。このような状況設定ですと、あなたは次のようなことを考えるかも知れません。

その問題児と思われる人を大好きになっていきやすいのか、大嫌いであったり距離を置きたいなと思いやすいのか、イメージが出来そうですね。

あなたは、親や先生を困らせたいとは思いませんから、そんなあなたからは次に何を考えたくなるかと言いますと、距離を置く、若しくはその人を遠ざける。

場合によっては、悪口ですとか、先生や親を困らせているという点において、モノを言いたくなるだろうと思います。本人に直接でないかも知れませんが。

この話はまだ続きます。
どのように発展すると思いますか?

ぜひ次の記事も、ご覧になってください。

2018年3月7日水曜日

海とお魚で例える話

別の記事で、海とお魚に例えた話があります。その記事に続きます。たいていのことは自分の問題だと捉えている方にとって読み心地の良いようになればと意識しています。

たいていのことは自分の問題だと思いながらも、周りの影響は受けるものです。別の記事では、それを例え話を用いて、自分の住んでいる場所ですとか、場所から影響を受けるという話と時間的な流れによって影響を受けるという話をしました。

人生や使命を考えている自分の範囲をお魚と置きます。そして、そのお魚が影響を受けている何か、たとえば時間とか空間というのを海で例えています。


お魚が泳ぐ場所ですね、海というのは。

海はお魚が泳ぐ環境なんですが、その海が汚れていたとします。汚染といえば、何がイメージ出来やすいでしょうか?産業廃棄物によって海が汚染された、放射性物質によって海が汚染された、ダイオキシンで海が汚染されている、というとイメージしやすいでしょうか?

そのように海が汚れているとします。
お魚にとっての汚れです。

健康なお魚を考えます。

ピンピンしているお魚が、汚れている海にいたとします。3秒後、3時間後、3日後、30日後、300日後、お魚はどうなりそうな予感がしますか?予測できそうではありませんか?お魚に何が起きそうなのか?

影響を受けていると思われますよね?海から。

あなたが想像したように、きっとお魚は元気ではいられないでしょう。3秒後、3時間後となるにつれて最初の健康な状態は、不健康な状態へと変化していくと思います。切り離すことができませんね、海とお魚。

次に、たいへん栄養豊富な海を考えます。

健康なお魚が、更により良い健康になっていく環境と言えばどのような環境なのでしょうか?

大好き大好物のブランクトンも沢山います。お魚は遊ぶのか分かりませんが、お友だちが沢山いるですとか。適度な生命の危機や脅威となることもあるかも知れませんが、それ以上に豊かな発育の環境がありまして、その海に健康なお魚が泳いでいるとします。

3秒後、3時間後、30時間後、300時間後、そして3年、30年と経つにつれて、お魚はどのようになると思いますか?お魚がどうなりそうなのかも予想が付きそうです。ますます元気になり、子孫を繁栄させていそうですよね。

お魚にとって、汚染された環境と健康健全な環境という2つの環境を同時に比べて並べてみたときに、どちらも健康なお魚が生きていることを考えてみました。

汚れた海で、健康なお魚が生きています。
健康で透明感のある海で、健康なお魚が生きている。

お魚と海で例えましたが、私たちの人生もまた海とお魚で例えられます。

環境がどちらであっても、健康なお魚が生きるんです。そして、どちらもそのお魚は、人生や使命を考えます。

たいていのことは自分で何とかなる、たいていのことは自分の問題かも知れませんが、そのときにも環境から影響を受けながら生きる事になる自分ですね。

続きは事例をもって別の記事で詳しく書き綴りたいと思います。ぜひ、そちらもご覧になってください。

見て頂いてありがとうございました。

2018年3月6日火曜日

自分と自分を取り巻く環境の関係は何でしょうか?

人生や使命を考えるときには、空間的な場所からも大きな影響を受けますし、時期とか時代、歴史のような時間の流れからも大きな影響を受けるということを別の記事で触れていますので、そちらとも合わせて読んで下さればありがたいです。

40代半ばから50代後半の方に相性の良い記事を意識しています。


人生や使命を考える上で、生きていると空間的な場所にも大きな影響を受けます。

日本なのか、アメリカなのか、インドなのか、国はたくさんありますから、韓国だったり、ブラジルだったり、他にも多くの国があるのでしょうが、その国なりの影響を受けますね。

そして、時期です。

どんな時間的な環境に生きているのでしょうか?AIの時代でしょうか、スマートフォンやタブレットのような時代なのでしょうか、インターネットにおいても、インフォメーションテクノロジーのようなITなのか、線でつないだだけのインターネットテクノロジーのようなITなのかで、受ける影響は変わりそうです。

平成、昭和、大正、明治における環境も全く違ってきますでしょうし、戦争をやっているときなのか、戦争をやっていないときなのかという違いにおいても受ける影響力は大きく変わるでしょうし、

その中でも日本が一つの国として安定のしていないときまでを含めますと、江戸時代なのか、室町時代なのか、更に遡りまして弥生時代なのか、縄文時代なのかという環境からも大きな影響を受けそうです。

私たちは大きな影響を受けます。
これは一体なんなのでしょうか?

その入り口を確認する記事になればと思います。

一つたとえ話をさせて下さい。

あなたは、53歳で今、福岡市に住んでいるとします。

そのときに、あなたの仕事の環境、そして家庭環境、生きていく上で、使命や人生を考えるときに、家族や家庭環境と仕事とそうは遠くないところから探そうと思っているのではないでしょうか?

それは正しいと言いますか間違っていないのだと思いますが、その時に、私に言われるまでもないことですが、福岡という土地の影響と、今の2018年という時間軸の影響をものすごく受けていますね。

わたしたちは、その影響を受け取っているにも関わらず、日ごろから考える機会が中々ありませんね。例えば少し考えればわかることですが、福岡市といった瞬間に、同時に福岡市以外が関わってきます。福岡市は、福岡市以外との関係は密接です。2018年の時に、2018年のことだけを考えれば良いのではなくて、それ以外の時を抱き合せて考える事が本当の2018年ですよね。少しイメージを広げれば誰にも納得できる話です。

ですが、そのようにして福岡市を福岡市以外と抱き合せて考えたり、2018年を2018年以外と抱き合わせて考える機会は早々ありませんよね?

例えばイラク・アフガニスタンと福岡を抱き合わせて考える機会は早々ないのではないでしょうか?中々ありません。私も早々、考えません。

ところが、影響は受けています。
ものすごく影響を受けています。

毎回毎回、イラク・アフガニスタンを考えれば良いという訳ではないのですが、しかし、考えないという訳にもいきません。

このような関係のことを、どのように捉え直して、人生や使命を考えていけば良いのでしょうか?

ここで、海とお魚を登場させます。
Noh's Wayで、よく活用するイメージです。

あなたという存在をお魚とします。使命や人生を考えすぎてしまうと、あなた以外との関係をおざなりにしてしまうという意味合いのあなた、、、そのあなたという存在を、お魚と例えます。

魚です。

秋刀魚とか、鰯とかですね。
泳いでいるお魚さんです。

魚には、必ず泳げる場所がありますね。お魚だけで存在はできないですよね?お魚さんが泳いでいる場所、それは川もありますが、ここでは広い意味合いで海とさせて下さい。川も海と見立てましょう、ここでは。

前述で確認している私だけというお魚が受けている影響は、何から影響を受けているのか、それを海としています。この海とお魚の関係について、次からの記事に託していきます。

ありがとうございました。

2018年3月5日月曜日

時間という環境から大きな影響を受けている人生

別の記事に触れた内容に基づいている記事です。その記事では今、自分のいる場所から大きな影響を受けるという話をしています。

いま、自分のいる場所が、熊本なのか、福岡なのか、東京なのか、滋賀なのか、長崎なのか、少なからず影響を受けますね。

日本なのか、アメリカなのか。
とても大きな影響を受けます。

是非そちらの記事を見てから戻ってきていただけると読みやすいかと思います。その時は、場所によって大きな影響を受けるという話でしたが、


本記事は、

時代と言いますか、時期と言いますか、そちらからも大きな影響を受けるという話ですね。その切り口から始めたいです。たいていのことは自分の問題だと、自分に置き換えて読まれる方には相性の良い記事だと思います。

就職と言いますか、社会に出ることを考えてみましょう。あなたがもし、53歳であれば、社会に出たときの時期、就職したときの時期を振り返って頂きたいと思います。

いま、これを書いている2018年の2月のときに、あなたがもし就職もしくは社会に出るというように考えますときに、あなたが当時に社会に出るときを比較してみると、何か見えてくることはありますでしょうか?

同じような就職活動になりますでしょうか?

受け入れてくれる側の会社であったり、送り出そうとする父親でしたり母親でしたり、当時と今とを比較すると同じような状況にはなりがたいのではないかと思います。

就職するときの時期を移動させてみたいと思います。

一般的に言いますと、社会に出るというところから考えますと、今でしたら、AIが登場してくる時期・時代に入っていますね。

AIの時代にくるまでも実はAIはあったのですが、その厳密な意味合いではなくてですね、2011年頃からブームが起き出したAIであるという意味合いで話を展開しますと、それまでの時期はAIはなかったと考えられますね。

2009年とか、2007年には、AIはまだ登場していなかったことになります。繰り返しになりますが、2011年ごろからAI時代到来という意味合いに特化している表現ですから、「1970年にもAIはあったよ」という突っ込みは今回はご勘弁願います。

AIが未だ登場していない2009年や2007年にはモバイルやタブレットがあります。スマートフォンもそうですね。その頃に、就職活動をすると言いますとAI時代のときの環境は同じでしょうか?それとも違うでしょうか?

更に時期を遡りまして、タブレットが登場していなかった頃、その前からもインターネットがあります。そして、インターネットが登場してくる前がありますね。PCで表現しますと、Windowsはなじみがありますが、Windowsが出てくる前の就職活動と、Windowsが出てきた後の就職活動は同じでしょうか?

このように繰り返します。

そのまま時期を遡りますと、日本や世界が第二次世界大戦の戦争を行っている最中であったり、第二次世界大戦が起きていなかった頃の戦前という話にもなるかも知れませんね。

如何でしょうか?
就職活動する環境は同じでしょうか?

平成、昭和、大正、明治からもっと遡りまして、江戸時代ですとか室町時代までなってきますと、社会に出る年齢までもが変わってくるかも知れません。

時間的な環境から大きな影響を受けるという話は、時期においてもそうですし、時代、歴史的な背景においてもそうです。

如何でしょうか?

大人になるですとか、社会に出るというときに、その環境がいつの時代であるのかという時間の影響を受けていると思いませんか?

そこに更に年齢ということも関わってきます。

20歳のときに社会に出るのか、40歳の時に社会に出るのか、15歳のときに社会に出るのか、それも違ってきそうですね。

社会に出るということと同じように、天命や使命を考えるときにも、時間の影響を受けます。

時間軸にも大きな影響を受けるということを確認したかったです。先日の記事と合わせて、次の記事に続きたいと思います。ぜひ、そちらの記事もご覧になってください。

ありがとうございました。




2018年3月4日日曜日

場所という環境から大きな影響を受けている人生

生きているとハプニングに出会うことがありますが、そのハプニングとも仲の良いお付き合いが出来る島崎でありたいと思っています。

いつも見て頂いてありがとうございます。

人生や使命について、他の記事で取り上げてきましたが、少し角度を変えて、書き綴りたいことがあります。

今日の記事は、このような方に相性が良いのではないかと思います。それは、たいていのことは自分の問題だ、と、自分に置き換えて物事をとらえられる方、そして自己否定や自己嫌悪をするときのように自分自身を問題視し改善しようとする方です。

それでは、タイトルにある場所という環境から大きな影響を受けるという話に入ります。

私は、長崎県の島原というところで生まれました。私を生むために母親がお世話になっていたところで、私から見たら、お爺さんのいるところとなります。

母親が主産し私が誕生してから、大阪府の枚方市というところに移動しまして、その後に滋賀県に引っ越しました。父親の転勤でした。

この記事を読んでいるあなたはどうでしょうか?あなたが生まれたところがありますね。あなたのお母さんがあなたを生んだ土地と、それから引っ越しの経験がある方は引っ越し先にも行きますね。

例えば、熊本県で生まれて、進学のために東京に上京して東京で就職して、そして転勤で福岡市に来た場合などです。

お住まいがありますね。仕事をする先々でも移動があると思います。そして、学校がある環境では校区がありますね。

小学校の校区、
中学校の校区、
高校の校区、

進学されている方は、専門校や大学ですし、会社ですとか至る所の場所がありますね。

住んでいる場所がありますね。

普段、意識する機会はあまりないかも知れませんが、場所の影響を結構、受けると思いませんか?

私の言葉も関西弁になったり、関西弁ではなくなったりと、色んなイントネーションが交じり合うことがありまして、聞いている方からしたら聞き心地がよくないだろうなと思うことがあります。

こうした、言葉のイントネーションの変化などは、住んでいるところの影響を受けています。

あなたは、どうでしょうか?

事例とは少し違うかも知れませんが、伝えようとしていることについては、同じことが言えるのではないでしょうか?私に確認されるまでもなく住んでいるところの影響を受けてきたのではないかと思います。

私は、海外に行く機会はあまりありませんでしたが、日本に生まれて日本に生まれ育ってきている人と、アメリカに生まれてアメリカに生まれ育ってきている人と、そして、インドに生まれて、インドで生まれ育ってきている人と、国をあげればきりがありませんが、多くの場所がありまして、その場所なりの影響を受けていますね。

他にも色んな場所があります。

人がにぎわっているような国もあれば、ジャングル、砂漠、海、川という自然もありますし、文明にまで発展してきている私たちは意識する機会はないかもしれないですが、自然と仲良く過ごしている種族や人種というのが地球上にも沢山いると聞いたことがあります。

生きていると、環境に影響を受けるということ、そして天命や使命についても、環境に影響を受けているということを確認する記事になれば良いと思っています。

2018年3月3日土曜日

人生とは、一体なんでしょうか?

この記事をご覧の方は、結果の出る生き方、或いは結果の出る人生というのを考えられている方が多いと思います。本記事は、人生、どう生きるのか、その生き方について一つの考え方を紹介しています。

人生は結果を見られます。

結果を出すためには、結果が出るやり方を取らねばなりません。結果が出るやり方を行うには、どのように思うのか、その場その場で最高の判断をしないといけないのですが、その最高の判断をするスタイルについて関心を持たれたことがあろうかと思います。

そのスタイルのことを、思い方と言っておりまして、この思い方がとても重要になってきます。「思い方をどうコントロールしていくのか」という問いは、プロフェッショナルの領域において、しばしば問われる質問であり、その答えとしてキーワードに上がるのが在り方です。

トップクラスのプロの世界では、どう在るのかがとても大事になってきます。どう在るのか、そのことを在り方とよく言っています。

プロフェッショナルの世界、そしてトップクラスの世界では、実は技術においては、そんなに大差はないという話を聞いたことはありませんか?将棋の世界もそうですし、水泳や野球などのスポーツの世界でも同様です。将棋であれば、トップクラスの棋士においては、そんなに技術的には差がありません。

ですが先ごろ、羽生善治二冠は、前人未到の永世七冠を名乗る権利を得ましたし、中学生でプロ棋士入りを果たした藤井聡太六段もまた前人未到の29連勝という記録であったり驚異のスピードで六段にまで昇段するなどして、実りある結果と成果を得ています。

技術ではそこまで大差がないと言われているプロ棋士たちです。

一体、何が勝負や勝敗を分けていくのかと言いますと、一人ひとりのその場での勝負にかける姿勢であったり、勝負にかける状態ですね。

どう在るのか?

そのどう在るのか、ということを在り方と捉えても良いのですが、
本ブログではNoh's Wayの観点から更に深い話として在り方というキーワードを放っていると捉えて頂けたらと思います。

更に質問で続こうと思います。



どう、在る、べきなのか。

漢字に着目してください。

在るというのは、存在するという文字が使われていますね。ここで幾つか質問を放ちます。

考えは、どこから生まれるのでしょうか。そしてどこへ行くのでしょうか?

感情はどうでしょうか?

感情では、有名なところでは喜怒哀楽というのがありますね。この感情は、いつ生まれるのでしょうか?そして、どのように消えていくのでしょうか?

このような考えや感情と向き合う機会が皆さんには多いと思うのですが、この考えや感情は実はスタイルのようなものがありまして、いつも同じような考えをしているということを皆さんはよく考えられているでしょうし、どんな人であっても一度や二度は考えたことがあるのではないでしょうか?


その考えや感情を制圧できるか?

制圧は悪いイメージではありません。自由自在にコントロールすることですね。自分の意思で。

本ブログをお読みの方は努めてこられた方が多いと思いますが、その仕組みや構造を明らかにすることについては如何でしょうか?

仕組みや構造を明らかにすることまでは出来ていない方ばかりではないかと思います。その方に特に、本ブログに触れてもらいたいと思っています。

仕組みや構造を明らかにすること。それが、私が放ちたい在り方という意味合いです。在り方については、別の記事で深めていけたらと思います。

人生は、結果を見られるので、その結果も在り方からくるということからくることを確認しました。結果が出ることについても、仕組みや構造がありそうですね。引き続き、考えていきたいと思います。

長くなりました。
いつも見て頂いてありがとうございます。

2018年3月2日金曜日

結果の出る思い方はどこから生まれるのだと思いますか?

いつも見て頂いてありがとうございます。人生や使命をテーマにすることが多い私のブログですが、ここ数日の脈絡は、人生とは何かを掘り下げていく中で展開している話です。

結果を出すということに関心のある方に相性の良い内容になればと思い書いています。



人生について話す中で人生をゲームに見立てて書き綴ってきました。その中で、人生は結果を見られるということと、その結果は何によって生まれてくるのかということについて、それは思い方からくるというところまでが前回の内容です。

そして、次に気になりそうな話題として放ちたい質問があります。結果が出るのが思い方なのであれば、その思い方はどこからくるものなのでしょうか?

そもそも思い方とは何でしょうか?


実は誠実な人であれば、何か必ず結果が出ます。

その誠実さに溢れた生き方は、必ず何らかのやり方を取りながら結果を出しますが、その元となっているのは思い方です。


将棋であれば、色んな戦型があります。

飛車という駒があります。

初めの配置のまま飛車が自陣に居座り、相手陣を睨み自陣を守る居飛車であるのか、それとも角の方に飛車を振りながら、相手陣を睨み自陣を守る振り飛車であるのか。

将棋には幾つかのやり方があります。

そして、やり方によって勝敗が分かれてくるのですが、実力が伯仲しておりますと、やり方によってのみ成果が現れるということではありませんね。居飛車なのか、振り飛車なのか、そのような、やり方をすれば、それがそのまま結果が出るというものではなくて、そのやり方を更に土台から支えている考え方、思い方、或いは気持ち、感情がそのやり方をどう制圧していくのか、、、

とても大切なことです。

それを思い方といいます。そして、その思い方を成り立たせている土台とは何でしょうか?

これは、プロの世界でも頻繁に問われている質問であろうかと思います。

本記事では将棋のゲームに例えてきていますが、

スポーツであったり、美術、芸術であったり、仕事でもそうですね。営業、或いは実務においても、そうです。

その道のプロであれば、必ず問わなければならない思い方を支えるのは、、、

在り方

です。

在り方というテーマ、キーワード。

ここまで見て下さってありがとうございます。本日は、在り方がキーワードであることをお話しました。次に気になる質問がありますよね。

在り方は何だと思いますか?

そして、その在り方からどのように思い方は作られるのだと思いますか?

2018年3月1日木曜日

結果の出るやり方はどこから生まれるのだと思いますか?

今日は、結果が出るやり方はどのようにして出るのかということ、そして何をすれば結果が出るのかについて触れる記事です。テーマは、人生。人生は結果を見られるということから始まっています。

人生は結果を見られるのでしたら、どう生きれば良いのでしょうか?それは結果を出すやり方によって、結果が出るというところまで触れてきました。

将棋というゲームに例えるのでしたら、

勝利をしたのか、
敗北したのか、

ということですね。

それは結果の出るやり方によってそのような結果になるのですが、では一体、勝利するやり方、若しくは敗北するやり方というのはどこからくるのだと思いますか?

少し考えてみて欲しいです。

普通にゲームをその場で楽しむだけであれば、実は考えなくとも良いのかも知れません。

ですが、

その場でゲームを楽しむということだけで終わるのではなくて、そのゲームは人生というゲームでもあります。人生を真面目に、誠実に捉えたい意味合いから勝利するゲームなのか敗北するゲームなのかというのを深く考えたいというような、そのようなゲームであると是非、捉えてみて下さい。




将棋というゲームにおいても、私たちが将棋で遊ぶということだけではなくて、プロの棋士が、プロでいられる結果の出るやり方とは一体どこから生まれるのだろうかと、そういう問いかけであると捉えてみて下さい。

結果の出るやり方はどこからくるのでしょうか?それは結果の出る思い方ですね。

思い方から来ます。

どう思うのか?
どのように思っているのか?

単に思うということに留まるのではなくて、その思いを形づくるスタイル、思考方式のことです。

勝利するやり方、
敗北するやり方、

それは思い方からくるということをお話をしました。

皆さんであれば、次に出てくる質問、或いは関心ごとがあろうかと思います。それについては別の記事で触れようと思います。

ぜひ、そちらの記事もご覧になってください。