人と人とが話す時、話がずれる事がありますし、お互いの関係が問われる事があります。自分だけの問題だけで済む話ではなくて、相手の問題までを含む話でもあります。
人と人が話す時です。
私自身の事を道具に使いながら展開します。以前に書きました
参照記事「使命。重いもので味わい深いもの」
と読み合わせて頂きたいと思います。その記事では使命について触れています。記事を見て頂いている皆さんに向けて「あなたにとって使命はどういうものですか?」と投げかけています。
重いものと感じますか?
軽いものと感じますか?
あなたにとってはどうでしょうか?
使命=重いもの?
使命=軽いもの?
如何でしょうか?
重い様に受け取る方もいらっしゃいますし、軽い様に受け取る方もいらっしゃるかと思います。人それぞれで、どちらがどうという事は無いかと思います。
それは、何によって変わってくるのだと思いますか?
多くの方はこの様に整理されているのではないかと思います。それは、「人によって変わってくる」です。確かに人によって変わってきます。人によって違うものではないでしょうか?
本日は、ここを更に掘り下げてみたいと思います。
りんごについて考えます。
「りんごはどの様なイメージですか?」と尋ねましたら、ある方は、
りんご=赤い
と答えるかも知れません。その様にして別の人にも次々と尋ねていきます。
りんご=青い
りんご=青森産
りんご=Newton
色を答える方もいらっしゃれば産地を答える方もいらっしゃいますし、全く違った事を答える方もいらっしゃるでしょう。この記事を同じ様に見て頂いている他の皆さんがいらっしゃいますので、他にも色々な答えがありそうですね。
確かに人によって違います。
同じ単語を聞いても次に出る連想や考えは人によって違います。ですが、人によって違うという理解だけでは大雑把すぎますので、この話を噛み砕いて更に続けます。人によって違うという表現を更に深く、そして噛み砕いて表現しようとしますと、それは、どの様な表現になるでしょうか?
「その人の体験経験によって違う」
と言えるかと思います。この事は別の記事で詳しく掘り下げる機会を作ります。
冒頭に述べました様に人と人とが話す時に、会話の中でりんごが出てきたとします。或いは、会話の中で使命が出てきたとします。
会話では、言葉や単語を使いますね。
人と人とが話しますと、インプットしてアウトプットして、インプットしてアウトプットして、単語のやりとりが繰り返されますね。
単語の意味合いや指し示す発信者のイメージが人の体験経験によって違っている事もあるでしょうし、実は受け取る側の解釈においても体験経験によって違ってくる事でしょう。
同じ単語でありましても、そのアウトプットやインプットは人の持つ体験経験によって変わってきます。
人によって変わってくるという理解から、人の体験経験によって変わってくるという理解へと変える事で何が変わると思いますか?
ただ単に人によって違うという事だけで整理しようとしますと荒過ぎるんですね。話を詰めていきたい場合には、それ以上話を詰めていく事が出来ません。
例えば営業の現場です。
お客さんを見る時に、「それはそういう人だから」と理解するだけでは、それでも販売したい事情がある時には、それ以上の働きかけが通用しません。
もう少し話を詰めていきたい場面ですよね。話を詰めていきたいのに、人によって違うのでしたら詰めようがありません。ところが、体験経験によって違うという理解ですと、話を詰める余地が出てまいります。
人が持つ体験経験が違うんだと理解します。すると今度は、更に噛み砕こうとします。
「どの様に解釈すれば良いのだろう?」
と問題意識を持ちます。そして、
「人によって違う体験経験というのをどの様に私たちはイメージすれば良いのだろう?」
「その仕組みや構造というのをどの様に理解すれば良いのだろう?」
などと、次々と問題意識を落とし込み、解消し得る領域にまで変化させていきます。
人によって違うという荒過ぎる理解に留まらず、体験経験によって違うという踏み入った理解に進む事は重要です。
本記事では、人と人とが話す時に常に起こる現象について触れる中で、ズレが生じる理由として人の持つ体験経験が違う事によるという事を紹介しています。
明日の記事に続きます。
ありがとうございました。
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