天命、天職を知りたい。
自分らしい生き方を探している。
経験を生かす場所に出会いたい。
そのために、サイバー空間でも情報を集めたり、現実空間でも学びの場に出かけたり本を読んだりしている方には特に読んで頂きたい記事です。
宜しくお願い致します。
交流の道具は言語。言葉や文字。
あなたは、もしかしたらインターネットで検索をしながら次の様なテーマや関連記事に関心があるかも知れません。
- 天命は何だろうか?
- 天命を出会う方法は?
- 天職とは何だろうか?
- 自分の天職はどの様にして分かるのか?
- 自分らしい生き方をしている人は何をやっているのか?
- 自分の経験を生かしている人は今は何をしているのか?
そして、映像であったり、ブログ記事であったり、様々な情報を辿りながら、今の自分の気持ちに適するものを選ぼうとしたり、自分らしい生き方のヒントにしようとしたりしているかと思います。
あなたは、それが出来ると思っています。知る事が出来ると思っていますし、出会えると思っています。
言語の便利さ。言語の良い点。言語の悪い点。
一体どうして、それが出来るとあなたは思っているのでしょうか?
サイバー空間上の多くの情報は、言葉であったり、文字であったりしますね。本ブログであれば、文字ですし、映像から得られる情報であれば、テロップなどの文字もありますし人が話している言葉もあります。
文字や言葉は言語です。
人間であれば、交流する時の道具として言語を使いますよね。現代文明において、現代人であれば、誰であっても言語を使っている事は確認するまでもありません。
私も言語を使っています。
あなたも言語を使っています。
この画面を通して交流する私とあなたを行き来しているものは、文字や言葉という言語が代表的でしょう。本ブログだけにとどまらず、あなたが画面を通して目に飛び込み、脳で処理が行われる時に扱っている道具は、それが映像であっても、ブログやFacebookなどのSNSであっても、言語であろうかと思います。
意思疎通を図る際に、とても便利な道具です。
言語の良い点
言語には良い点があります。良い点は幾つもありますが本記事では、良い点を絞って一つだけご紹介しようと思います。具体的な事例などは他日、記事にしたいと思います。
・共通の約束、共通の決め事に沿って扱いやすい
りんごを見て、車と言ったとしましたら通用しませんが、りんごを見てりんごと言ったとしましたらこれは通用します。人間にとっては当たり前の事かも知れませんが、動物にはこれが難しいです。
言語の悪い点
言語には、上にあげました良い点の他にも幾つも良い点があります。ところが、私たちが扱っている言語は万能ではなく、欠点もあります。欠点も幾つかありますが、ここでは一つに絞りましてご紹介します。こちらも具体的な事例などは他日、記事にますのでそちらも併せてお読みください。
・意思疎通する道具でありながら、意思疎通がうまくいかない
コミュニケーションは言語によってもズレるものです。
明示されない過程と原因。AI時代には弱点が露呈
言語にも両面があります。
良い点がありますし、悪い点もございます。何事にも良し悪しがあるかも知れませんが、AIが登場してきている今の時代は悪い点が特に深刻に機能する様になっている事をご存じでしょうか?
AIが登場している今、言語の弱点が露骨に人間を悩ませる様になっています。正確に申しますと、元から備わっていた弱点が言語にはあったのですが、今までは気付きにくかったと言えます。
幾つかある言語の弱点の内、一つをご紹介します。
言語は、結果です。
本来は、言語が指し示しているイメージを表現したいのですが、指し示しているイメージを表現しようとして生み出された結果が言語です。
物事が結果としてそこに存在するまでには、そうなる為の原因がありますし、原因から結果に至る過程があります。原因と過程と結果は一本の流れなのでありまして、それらが切り離されて存在するのではありません。物事が結果としてそこに在るには、それまでに必ず原因と過程が共にあるものです。
ところが、言語が表現できるのは結果のみです。言語を通して意思疎通できるのは結果の世界のみでありまして、原因や過程の世界も併せた結果に関心があったとしましても、言語からは到達が出来ないものであります。
原因や過程に触れる事が出来ないもどかしさが言語にはあります。
言語からは天命や天職に出会えない
そうしますと、どういう事が言えますでしょうか?言語では、原因や過程と出会う事が出来ません。
天命や天職に出会おうとして、情報を探し求めようとするあなたも、言語を道具に出会おうとするでしょう。その言語には、原因や過程は明示されていないのです。
これは深刻な問題です。
あなたが出会う多くの情報は言語によって表現されています。天命や天職に出会おうとしてインターネット検索でブログやホームページなどにアクセスし、関連するページや関連する映像に数多く出会ったとしましても、出会う全ては言語です。
その言語は、原因や過程を明示できません。
あなたが天命や天職に出会おうとして様々なページを探し求めるでしょうが、その方が天命に出会っていたり天職に出会っていたとしましても、その方が扱っている言語を通してですと、あなたにとっての原因や過程にはなり得ません。あなたにとっての原因や過程のみならず、実は、天命・天職に出会われた方にとっての原因や過程すらも明示できる道具には成り得ません。
これはとても深刻な問題です。
言語の深刻な弱点です。
部下を育ててきた経験を持つあなたであったり、子どもを立派に社会人へと育てあげてきた経験を持つあなたでしたら、原因や過程の大切さが身に染みているかと思います。
営業の成果で例えるとしますと、あなたが挙げた営業の成果の様に部下にも営業成績を収めてもらおうとする際に、営業の成果が結果でのみ伝達する事は有り得ない事です。部下において成果が挙がるという事は、その成果に見合った原因や過程が結果にひもづいていますし、その原因や過程までを共有する事に成功したから起き得た事です。
そうでなくては、1人2人の部下だけでなく他にも大勢の部下を成功に導く上司ではいられなかった事でしょう。
営業の例に限らず、本当に意思疎通したい領域は、結果としての状態のみならず過程や原因を含む状態でありたいあなたです。天命や天職と出会う時にも同じです。
だからこそジレンマです。
言語は、原因と過程を明示しません。伝えたい側も原因と過程を言語では表現できませんし、伝えられる側も原因と過程を明示されていない言語で受け取ります。
交流の道具が言語ですと、
伝えたいのに伝わりません。
交流の道具が問題。
大きな落とし穴です。
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