天命を知りたい。
定年前の準備としたい。
第二の人生を生きる。
その様な方に向けた記事です。
その様なあなたが見ている今の私の記事に出会うためには、何も無くて出会う事はありません。あなたが天命や天職と出会いたいという期待が高まる中で色んな行動をされている中で、検索窓にキーワードを打ち込んだかも知れませんし、或いは、関連キーワードをクリックしてきたのかも知れません。その事で私の記事に出会っています。
映像ですと、検索でヒットしました映像であったり、関連動画であったりしますね。
「天命を知る」と打ち込んでみますと、50にして天命を知るという論語を引用した記事が沢山出るでしょうし、映像にしましても、天命を知るという事に焦点を合わせた映像があろうかと思います。
タイトルや説明文を見て、判断しますよね。「これは、私に合う」ですとか、「私には合わない」ですとか瞬時に判断をします。
何かしらの期待感が募って、天命天職を知りたくてインターネットを使っていると思いますが、どうやったら天命を知れるのかについて、改めて足元を確認しまんか?どうしてインターネットを使おうとしていたのかですとか、どの様にして知ろうとしてきたのかとか。
それが本記事のテーマです。
知るというところに着目します。「天命天職を知る」という表現の知るという箇所ですね。
人間は、知る為にどうするかと言いますと、赤ちゃんの何も知らない状態から、何かしらモノを知っている大人の状態になっています。
数学も、理科も、国語も、赤ちゃんの状態では分からないし、知らない状態ですけれど、大人になっている時は、知識の程度は有ろうかとは思いますが、皆んな知っているという状態になっています。
何も無くて、知る状態にはなりませんね。何かがあって、知る状態になっています。それが何かと言いますと、外界の情報に出会うという事です。
赤ちゃんは、外界の情報と沢山出会います。初めは主に、父親であったり母親です。あなたに息子や娘が居れば、父親であるあなたでしたら父親として情報を投げかけますし、赤ちゃんは父親から情報を得ます。
赤ちゃんに無い情報を、赤ちゃんの外から、そして先に生まれている人たちから次々と取り入れます。
「あっちに行ってはいけないのよ」
「あなたは、男の子なのよ」
両親から聞きます。そして育ってきますと先生からも聞きます。
「忘れ物をしてはいけないよ」
「先生の言う事は聞きましょう」
その様にして、自分には無い情報を、外から取り入れながら知る状態になります。天命や転職を知るという事も、それと変わらない働きが起こっています。
それでは天命や転職を知る時、自分にはない外とは何でしょうか?
天命天職という幅の広さやスケールであったり、モノの観方という意味では深さも必要ですし、緻密さも求められる中で、そうした情報と出会おうとしますれば、人と沢山出会おうとするのが良さそうです。
ところが、少し考えてみますと分かりますが、天命天職の規模だからと申しまして世界中の人たちと出会おうとしますと如何でしょうか?一人ひとりとゆっくり話して、「あ、自分の天職はこれだ」「これが天命だったのか」と知るのが良い事は分かりますが現実を併せて考えます。
現時点2018年では、世界人口は76億人いるとするならば、76億人の人と1日に1人ずつ出会うとしましたら一体、何日、何年、かかるのでしょうか?
現実的には不可能ですよね。
世界よりは範囲を狭めまして日本国内に限っての話ですと、1.3億人くらいですので、76億人と比べますと随分と減りますが、やはりまだまだ現実的ではありません。
更に範囲を狭めまして福岡市に限っての話にしますと、150万人都市ですので76億人の時と比べますと随分と現実的な範囲です。ですが1年が365日という事を考えますと、150万人は何年、何十年と経過しますので、1人ひとりと出会って語らうという事は、まだ現実的ではありません。
では逆に考えます。
家族や職場で出会う手身近な人だけでも会えば極めて現実的です。ゆっくり会えますし、気心も知れています。ですが今度は別の問題が生じます。今まで、多くの時間を共有していても、あなたは天命天職を知る機会を得ていません。
そもそも、「その状態で天命天職を知れるのか」と自問自答しますと、知れないと判断しているから外に出かけたりインターネットに繰り出しているんですよね。
今までの身内の関係では天命天職を知るには限界で、外に出会おうとして色んな行動をしているあなたです。天命天職ですと外の規模は広いほど良いですし、深い程よいでしょうが、世界、日本、福岡市という範囲を見ておりますと非常に現実的に難しいです。
だから諦めたくなります。
現状に留まりたくもなります。
ですが、人類歴史は有り難いものでして、技術や文明という便利なものを遺してくれています。人間は、素晴らしいです。大変な事を一瞬で出来る様にし続けてきた歴史です。
農業社会の時に私たちが外に出かけて行って出会う事が出来た情報とか人数というのはどのくらい時間がかかったのかを想像してみます。
次に、産業革命が起こり社会のライフスタイルの中心軸が変わり産業社会になってからの事を考えてみます。その時、農業社会の移動手段や通信手段を考えますと全然違いますね。
人と会える量も違いますし、扱える情報量が変わります。
更に、IT革命が起こり社会のライフスタイルの中心軸が変わりIT社会になってからの事を考えます。その時、IT社会の移動手段や通信手段はまた随分と飛躍的に高まります。
農業社会の時に、76億人と会う時にどのくらい時間がかかりますか?そして、産業社会の時に、76億人と会う時にどのくらいの時間がかかりますか?
話が見えてくる気がしませんか?
技術や文明の利器は凄いです。
大変な事を一瞬で出来る様にしてくれます。
1人ひとりに会ってお茶をするというやり方は、どちらかと言えば農業社会側の手段と言えそうです。
それと比較しまして、
技術ですとか文明という有り難いものがありますから使える便利な道具を使う事で、それまでの大変な仕事量をスリムにこなす事が出来る様になります。
だからこそ、です。
あなたはインターネットを使っています。天命天職を知ろうとして他にも沢山の事をやっているかと思いますが、その内の一つとして検索の窓に打ち込むという作業をしています。
検索の窓。
英語が使えたり、言語が使える範囲ですと、検索窓から世界中のどこにもアクセスできます。繋がっています。映像も、YouTubeを使っている人は世界中にも沢山いますし、その様な道具を使って出会いの可能性は高まります。天命天職を知りたいとの期待までもが募ります。
これを農業社会よりも前の時代に行おうとすれば、一体どのくらいの時間と労力がかかるでしょうか?技術や文明を使う事で、昔は出来なかった事を今の私たちは極めて短時間で果たす事が出来る様になっています。
あなたには期待が募ります。
インターネットを使う事で、ブログやYouTubeを使う事で、情報を配信したり、受信する事を通してコミュニケーションします。今までは出来なかった事を今まで以上に出来ます。それも短時間短期間で出来る様になっています。
この話はどの様に続くと思いますか?
読んで頂いてありがとうございました。
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