40歳で不惑の年を迎え、40代では不惑を確認する年月を送り、50歳で天命を知ったのなら、50代では使命に生きる生き方を出来たら理想的な生き方であると東洋では思われている傾向があります。
論語に出る孔子が話していた事を聞いた人たちが、それを尊敬し、その姿に学び、後世に語り継ぎ、後から生まれてくる人たちが教養としています。
東洋らしさでもあり、日本でも孔子の生き方が好きな方は多かろうと思います。
孔子が50歳になって天命を知った時の様に生きる人は、当時のみならず現代に生きる人にとりましても中々いないかも知れません。だからという訳ではありませんが、理想の生き方だと思われやすいです。
本ブログを見ている方は40代半ばから50代半ばの方が多いと思いますし、自分の経験を生かして使命に生きようとする方ではないかと思います。
その様なあなたは、40歳の不惑を終えて50歳で天命を知る様になり、53歳を迎えている事を振り返りますと、少しばかり焦りの様なものを感じるかも知れません。
子どもは社会人へと育ち、親は大病を患ったり介護をする様な状況になく、自身の生き方を前向きに考えやすい環境があるものの、天命を知らず、自分の使命も出会っていない中で、AI時代に突入する今は益々、中高年の職場がなくなっていく事を知っているからです。
定年を迎えるまでに準備をしておきたい年齢は、未だ55歳を迎える前の、恐らくは53歳頃ではないでしょうか?
53歳。
その時は、定年前の準備をしようと少しばかりの焦りや直向きさが現れ出す年齢なのかも知れません。
本ブログには、末永くお付き合い頂ければ、天命を知る事が難しい理由であったり、使命に生きる事の限界と突破口についてのヒントになる様なブログを意識しておりますので、是非他の記事もご覧になっていって下さい。
いつも見て頂いて有り難うございます。
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