2018年4月29日日曜日

上下関係では限界。成長する企業は尊厳関係

人間は尊厳を感じていたいものです。上下関係が高じる事で拗れる人間関係は行き過ぎますと企業存続の危機を迎えます。実際、企業存続の危機のバロメータである生産性は低下する一方であり、鬱や自殺が増加している構図には上司も部下も当てはまります。AI(人工知能)時代に突入している現代において成長する企業は、上下関係を見直す事で生産性を高める時に来ていますが、新しい関係とは尊厳関係です。

上下関係によって存続する企業組織が上下関係によって存亡の危機に

上司と部下の関係は上下関係です。意思疎通を盛んにして社長から社員まで意思伝達の正確さと早さが求められる企業組織は高い生産性を生む事を求められます。企業組織が存続するには上下関係は必須の事です。ところが、上下関係によって悪化する人間関係によって逆に、意思疎通や意思伝達が

2018年4月28日土曜日

上下関係の上司と部下。関係の危機

上司と部下は上下関係にあります。企業組織では、上下関係が成り立たないと生産性を高める事が出来ず存在する事が出来ません。上下関係にある上司と部下の関係によって、企業組織として成り立っています。

ところが上下関係によって悪化してしまう関係でもある為、企業組織そのものが成り立たないジレンマも起こります。

2018年4月26日木曜日

上下関係の上司と部下だから企業組織

上司は部下に仕事を割り振ります。仕事を割り振られた部下は基本的には上司の指示に従わなければなりません。上司の部下の間柄は、上司と部下という文字に現れている通りに上下関係が存在している事は改めて確認するまでもありません。

上司は部下に指示を出して、部下は上司に従い指示通りに遂行し報告を返す事で組織はうまく機能する筈です。社長から社員まで、意図や意思が通らない状態であれば企業として成り立ちません。

企業は資本主義社会にいます。
資本主義は競争社会です。

お魚は海の影響を受ける者です。企業というお魚は資本主義社会という海、競争社会という海を泳いでいます。その様な環境下では別の企業との競争がありますので、社長から社員まで指示が通らない状態ですと企業として長く存在する事が出来ません。

社長から社員にまで意図や意思を通す体質として上下関係がありますし、上司と部下の関係によって企業らしい体質が出来上がります。営業において逸脱した成果を上げる時にも顕著に現れています。

企業は、上下関係の上司と部下によって成り立っている組織だと言えます。

自分の使命を知りたい

使命というと、あなたは重いイメージがありますか?それともあなたは軽いイメージで使命を捉えていますか?

使命を知らないあなたは、使命を知ろうとしてインターネットを検索していたり、論語の勉強会に顔を出してみたり、尊敬する元上司や先輩のお誘いに連れられたりしている事でしょう。

如何でしょうか?

その延長で行くとします。あなたはいつ、使命と出会えそうですか?そろそろあなたは、自分の使命を知る事になるでしょうか?

50代になって使命と出会えていない理由、そして今からも出会える見込みが立たない理由、それはどこにあるのでしょうか?

「これが私の使命か?」

と思ってみても、お魚は海の影響を受けてしますものです。少し時間が経ったり、インターネットで色んな情報と出会う中で、どこか違う気がしてくる事も沢山あるかと思います。

しかし、これは何故なのでしょうか?

自分の使命を知りたい想いで、仕事をしながら、そして自分の健康を維持しながら空いた時間には使命を知ろうとして勉強してみたり、人に会いに行ったり、情報知識を幅広く取り入れようとしてみたりしている事でしょう。

その際に使う道具について考えた事はありますでしょうか?幾つか使っている道具があるかと思いますが、無意識で最も頻繁に使っている道具があります。

それが本ブログで何回か紹介している言語です。あなたは、言語を使って使命と出会おうとしているかと思います。

しかし、言語には弱点があります。

言語の弱点ゆえに、自分の使命には出会いにくくなっている事を多くの方は気付いていません。あなたは、どうでしたでしょうか?

いつも見て頂いてありがとうございます。他の記事も是非ご覧になっていって下さい。

2018年4月25日水曜日

53歳。定年前の準備

40歳で不惑の年を迎え、40代では不惑を確認する年月を送り、50歳で天命を知ったのなら、50代では使命に生きる生き方を出来たら理想的な生き方であると東洋では思われている傾向があります。

論語に出る孔子が話していた事を聞いた人たちが、それを尊敬し、その姿に学び、後世に語り継ぎ、後から生まれてくる人たちが教養としています。

東洋らしさでもあり、日本でも孔子の生き方が好きな方は多かろうと思います。

孔子が50歳になって天命を知った時の様に生きる人は、当時のみならず現代に生きる人にとりましても中々いないかも知れません。だからという訳ではありませんが、理想の生き方だと思われやすいです。

本ブログを見ている方は40代半ばから50代半ばの方が多いと思いますし、自分の経験を生かして使命に生きようとする方ではないかと思います。

その様なあなたは、40歳の不惑を終えて50歳で天命を知る様になり、53歳を迎えている事を振り返りますと、少しばかり焦りの様なものを感じるかも知れません。

子どもは社会人へと育ち、親は大病を患ったり介護をする様な状況になく、自身の生き方を前向きに考えやすい環境があるものの、天命を知らず、自分の使命も出会っていない中で、AI時代に突入する今は益々、中高年の職場がなくなっていく事を知っているからです。

定年を迎えるまでに準備をしておきたい年齢は、未だ55歳を迎える前の、恐らくは53歳頃ではないでしょうか?

53歳。

その時は、定年前の準備をしようと少しばかりの焦りや直向きさが現れ出す年齢なのかも知れません。

本ブログには、末永くお付き合い頂ければ、天命を知る事が難しい理由であったり、使命に生きる事の限界と突破口についてのヒントになる様なブログを意識しておりますので、是非他の記事もご覧になっていって下さい。

いつも見て頂いて有り難うございます。

2018年4月24日火曜日

天命を知る50歳

あなたの周りにいる50代の方を見回してみて下さい、50歳で天命を知ったという方はどのくらいいらっしゃいますでしょうか?

天命を知る50歳。

論語によると、孔子は50歳で天命を知ったと言います。天命とは何かという話はここでは横に置いておきまして、天命というものがとにかくあるのだとして話を前に進めますと、その天命を知る様になった50歳は非常に少ないのではないかと思います。

天という文字。
命という文字。

それぞれを見てみますと、不思議に思う事があります。天という文字は誰もが皆んなに平等な印象がありませんか?同じくして命という文字も誰もが皆んなにおいて平等な印象があります。

天命を知りたい。
使命に生きたい。

そう思っていましても、天という文字や命という文字が指し示している様な平等な印象とは少し違いまして、多くの方は中々、天命を知る事が出来ないまま、使命に生きる事の無いまま、人生を終えていきます。

少し寂しい気がします。

天命を知る事が出来ない理由とは一体、何なのでしょうか?どうして天命を知る事は、一般的で、当たり前で、日常的で、生活リズムに組み込まれていて、平等に訪れないのでしょうか?

あなたはどうしてだと思いますか?

2018年4月23日月曜日

50代でも未経験の方。今の内に準備を

多くの50代の方は既に子どもがいらっしゃって、その子どもも社会人になっているかと思います。子どもを立派に育てた時点んで親を経験したと言えますし、勿論ご自身が子どもであった事を経験しています。

親も子も経験しているあなたですが、50代の方の中でも未だ経験していない事が数多くありまして、その内の一つが孫を持つ事、祖父母になる事です。

あなたが祖父母になるとはどういう事でしょうか?

あなたが育てた子どもが社会人になり親としての経験を得ましても、その子どもが更に子どもを産んで育てるという経験を果たさなければ、あなたは祖父母になる事は出来ません。

そこには階段のイメージの様に、段階があります。

あなたが親を経験する事と同じ様に、あなたが祖父母になる経験は、あなただけで為し得る出来事ではありません。祖父母になるという事は凄い事です。祖父母になるという事は素晴らしい事です。一つ大きなステップを歩んでいるからです。

今の内から出来る準備があります。今の内に準備をしてより良い人生にしましょう。

2018年4月21日土曜日

50代は親も子も経験。未だ経験していない事

50代にもなると多くの方は、自身が親である事を経験しているかと思います。子どもを生んで、子どもを育てて、子どもが大人となり社会人になるまで面倒を見る事が出来る時に親を経験したと言えるかと思います。

もちろん、ご自身が子どもの時がありますから、50代で親を経験しているという事は同時に、子どもの時を経験しているという事にもなります。

親も子も経験している50代です。

その50代が未だ経験していない事がありますね。一体何だと思いますか?そして、今から経験するであろう事を今の内から準備しておけたらより良い人生を送る事が出来るかと思いますが、一体50代の内に準備しておきながら次に迎える経験とは何なのでしょうか?

50代男性。感情表現が苦手な人

ご自身では中々に気付きにくいものの一つに感情が挙げられるかと思います。一体、今の自分はどの様な感情が揺れ動いているのだろうかと観察する事が出来る人は少ないかと思います。

特に男性が当てはまりそうです。

社会に出て企業の風土の中で育てられてきた男性たちにとって、その最終ラウンドとも言える50代にもなりますと、他の世代と比較しまして相対的に感情の自覚は難しいかも知れません。

タイトルは、「50代男性。感情表現が苦手な人」とありますが、自らの感情を自覚する傾向の少ない当の50代男性にとっては、感情表現が得意ですとか、感情表現が苦手ですとか、そもそも視野には入っていない事でしょう。

ですが、人と人とが接する以上、感情というものに触れない訳にはいきません。仕事をする上で感情が判断を鈍らせるというモノの見方もありますが一方で、そうは言いましても完全に排除しきれない感情でもあろうかと思います。

天命を知り、使命に生きようとするあなたは如何でしょうか?自分の経験を生かして人の役に立ちたいと考えているあなたはどうでしょうか?人生に誠実であり、大抵の事は自分の問題に置き換える事が出来るとの信念をお持ちのあなたは如何でしょうか?

人間は感情に大きな影響を受ける存在です。感情を自覚し、適切な感情表現が出来る事は多くの人に求められる存在になっていくかと思います。

2018年4月20日金曜日

50代男性「俺が若い頃は」に始まる語らい

上司が、部下や新入社員に向けて語られる事が多い「俺が若い頃は」に始まる話。あなたは、滅多に話す事が無かったかも知れませんが、あなたの身近にいる同世代の男性は話す事が多いかも知れません。

「俺が若い頃は」で始まる交流は、傍から見ているとどの様に映りますか?周りから見える光景は、明るいでしょうか?それとも暗いでしょうか?

言語には、意思疎通をする道具でありながら同時に、意思疎通を妨げてしまう悪い特徴も備えてしまっています。言語そのものに弱点がある為に、意思疎通が曲がって伝わる様になっています。

「俺が若い頃は」

に始まる交流からは、その様子が分かりやすいかも知れません。受け取る側としての印象は、ケースによって違うものですが、大抵の場合が50代男性が伝えたい事は屈折して伝わってしまっています。

本当に伝えたい事は違うのに、曲がって伝わってしまうコミュニケーションのズレ。その場で気付けば良いのですが、気付くのはいつも後になってからです。

この問題、難しい事です。
でも、その場で気付きたいですね。

2018年4月19日木曜日

仕事がない。自分の経験を仕事にしたいけれど


AI(人工知能)が登場している今の時代、人間の仕事をAIが代行し益々便利になる社会です。一方で、今までの技術革新とは比較にならない程に技術の水準が高まるAIは、大半の人間の仕事を手掛ける為に、職場から人間の居場所が無くなる一方です。若い世代においても仕事場が無くなり未来に不安を感じる人が増えている中で、中高年の世代やシニア世代にはどの様な仕事があるのでしょうか?天命を知り使命に生きる生き方をしようとして、自分の経験を生かした仕事をしたい想いがあっても、その想いを受け入れる社会の状態ではありません。社会には仕事がありません。ですが、自分の経験を仕事にしたいものです。



AI(人工知能)時代。人間の仕事をAIが代行する


AIをご存じかと思います。人工知能の事です。人間が知能を有する様にAIが知能を有する時代になりました。現時点ではまだまだ人間の知能に及ばないと言われていますが、AIの進化は目まぐるしいものがありますので人間と変わらない仕事をする様になるまで、そんなに時間がかからないと言われています。

一説には2045年とも、2029年とも言われていますね。

今までの技術革新と比較にならない技術革新


AI(人工知能)による技術革新は、今までの技術革新と比較にならない程、ライフスタイルの変化をもたらします。今までの技術革新と言えば、社会を大きく変化させてきた革命に見る事が出来ます。

農業革命による農業社会、
産業革命による産業社会、
情報革命による情報社会、

と人間のライフスタイルは大きく変化してきました。それとは比較にならない程の変化を社会にもたらします。人間が考えなくてもAIが考える様になりますし、人間が働く以上に生産性の高いパフォーマンスを発揮してくれます。技術さえも、AIが生み出してくれます。

非常に便利です。
ただ、考えておきたい事もあります。

にわかには信じられないかも知れませんが、人間の職場が無くなり、人間の存在意義が喪失されて生きる意味や価値を見出しずらくなり、人間の尊厳が著しく無くなっていきます。


職場から人間の居場所が無くなる時代


極論かも知れませんが昔は、農家しかいませんでした。

産業革命が起こりますと、農家さんが激減します。産業社会における農家さんは、農業社会における農家さんから見たら邪道に映るかも知れません。

情報革命が起こりますと、更に農家が減り、農家の在り方はまた変わっていきます。やはり農業社会における農家さんから見たら邪道に映るでしょうし、そもそも農業社会における農家さんでは食べていけないので経済活動という意味では存在しなくなりました。

お魚は海の影響を受けます。その様に、便利な技術や文明の水準が高まる事を人間は受け入れます。ライフスタイルは変わり、仕事の有り様は変わります。

広く大きく見れば、実は今までも職場から人間の居場所が無くなり続けてきた歴史とも言えます。


社会には仕事が無い。自分の経験の生かしたいけれど


今後、ますます社会には人間の仕事が無くなります。自分の経験を生かしたい中高年やシニア世代の方がいますが、職業安定所の様子も、転職を斡旋する現場でも、思わしくない状況で溢れています。

AIが登場している今の時代は、ますます仕事場がなくなり、そして経験を生かせる場も無くなっていきます。

今、人間にしか出来ない仕事、AIが真似できない仕事が求められています。

2018年4月18日水曜日

今度また食事に。今度とはいつですか?

夫婦関係、恋愛関係、友人知人関係、職場関係、ビジネス関係などあらゆる場面で言われると嬉しい言葉というのがあります。言われて嬉しい言葉「今度また食事に行きましょう」をもらった事はありますでしょうか?

嬉しくなって期待に胸を膨らませながら、一緒に食事する機会を作ろうとしても、相手が忙しくて何度も断られる事があります。一回や二回は楽しみは途絶えませんが、何度か続きますと疑問が湧いてきます。「今度とは一体いつの事だろうか?」

あなたには、その様な経験はありますか?




言われて嬉しい言葉「今度また食事に行きましょう」


人間は社会的な存在です。誰かと関わっていますし、誰かと関わらない中では生きてはいけません。誰もが皆んな、何かしらの関係によって存在しています。


  • 夫婦関係
  • 恋愛関係
  • 友人知人関係
  • 職場関係
  • ビジネス関係
  • 国家間関係


他にも至る所で関係を見る事があります。あらゆる関係において、相手がいる事になりますがその相手から言われて嬉しい言葉というのがありますね。

人間は、心があります。

言われて嬉しい言葉というのは数多くある事でしょうが、その中でも親睦が深まる機会であったり、関係が深まる機会に触れる時には社会的な存在である人間としては心躍るものがあります。

「今度また食事に行きましょう」

と言われたら、嬉しいと思う人が多いのではないでしょうか?




声をかけてみる


親睦を深め、関係が深まる機会を持てる事は嬉しいものです。日本には、世界でも独自の文化と言っても過言ではない建前というものがあります。その場その場に合わせた自分の立ち位置というものを建前として演じるからか、複数人いる場であったり集団の場では、毎回毎回、違う自分として存在している人が多いです。

その中にあって、2人で食事に行ける機会というのはとても貴重です。建前という服を脱いで、本音という心でゆっくりお付き合い出来る機会ですから、恋愛でも、友人知人でも、仕事においても、嬉しいものです。

相手の事を知りたいですし、
自分の事を知ってもらいたいです。

一緒に食事する機会を大事にして、食事の場を準備します。準備には募る思いもありますでしょうし、期待に胸が高鳴る事もありますでしょうし、人によっては計画や構想を建てる事もあるかも知れません。

そして、アポイントを取ります。




いつも忙しい人


関係には相手がいます。

自分の都合が良くても、相手の都合が悪ければ、一緒に食事する事は出来ません。アポを取りましても、食事の場が実らない事があります。「すみません」と来た上に、

「その日は予定が入っています」
「忙しい時期です」
「予定が立ちづらいです」
「体調がすぐれません」
「子どもが風邪を引いて」
「親の介護がありまして」
「友人の結婚式です」

の様な都合の悪さが相手の方にはあります。その様な事は珍しい事ではありません。相手に都合や予定があるのは当然の事です。

次の機会を楽しみにしながら、期待を膨らませて食事の場を準備します。食事の機会を掴めなかった分だけ、期待や楽しみは膨らみます。

そうしてアポを入れますと、また「すみません」と返事がありました。忙しい人なんですね。

共有する時間を何とか作りたくて、一緒に食事する事が楽しみでアポを取りますが、何度も都合が悪い様です。




「今後また食事に行きましょう」今度は一体いつなのでしょうか?


嬉しい言葉「今度また食事に行きましょう」

最初は嬉しい気持ちがありましたけど、何度も機会を逃すとあなたの気持ちはどうなりそうですか?あなたの心の状態はどの様な状態でしょうか?機会を逃す度に、期待が膨らみ続け、食事する時まで楽しみが膨らみ続けますでしょうか?

頭の中で疑問の声が走る人もいる事でしょう。

「今度また食事に行きましょう」
(今度って、一体いつの事なんだ?)

嬉しい言葉でしたが、一体いつになったら実現するのでしょうか?ここ数日の記事は、良し悪しのある言語ですが、言語の悪い点に焦点を当てた記事としています。

今日も読んで下さってありがとうございました。良かったら別の記事も読んで行って下さい。

2018年4月17日火曜日

「はい」と言う。聞いているのに聞いていない電話対応

本記事は次の様な方に相性が良い記事です。

・聞いているのに聞いていない経験を持つ方。
・電話対応で「はい」と答えたものの忘れた事がある方。
・失敗の体験を生かそうとする方。
・言語の悪い点を知りたい方。

本日は、新人によく見かける光景です。電話対応について取り上げます。



電話対応「はい。分かりました」


新入社員など新人さんが任される仕事の一つに電話対応があります。お客様から掛ってくる電話を受け取り、お客様の問い合わせや要望などに応じて対応する仕事です。

お客様の話を聞いている時に、聞いている旨を表現したり、お客様の意思を理解し受け取っている事を表現する際によく使う言語があります。

「はい。分かりました」

本ブログを見て頂いているあなたにも経験があった事でしょうし、部下をお持ちのあなたが見る光景でもあった事でしょう。


何事もなく仕事をこなします


ある新人は、上司から任された仕事に取り掛かっていました。お客様から電話が鳴った時にはその仕事を中断して、電話対応する事を優先にします。

ある時、お客さまからの電話が鳴ったので新人は取りかかっていた仕事を中断し電話に出ます。

電話では、お客様の声は聞き取りやすく、要件も理解し易いもので、新人にとっても簡単な内容だと思えるものでした。

話を聞き、テンポよく要件を聞き終えた新人は、「はい。分かりました」と答え、その返事を聞いたお客様も電話を切ります。

お客様が電話を切る音を確認した新人は、自分も電話を置き、中断していた仕事に取り掛かり出します。

新人は、上司から任された仕事も、お客様から伝えられた要件も、何事も無かったかの様にこなし、仕事は完遂に向かいます。



実は、聞いていなかった新人


ところが、暫くして新人は思い出します。実は、電話の要件を書き留める事を忘れていました。書き留めておかないと、お客様の要件そのものは次のステップへは進みません。新人は、お客様の要件を書き残し、要件を前に進めようとしました。

ところが、思い出せません。

電話の内容を思い出せませんので、ペンを手に取り後は書くだけの新人も、手が止まります。

「はい。分かりました」

との返事をしていましたが、新人は話を聞いていなかったのです。話は理解していましたし、お客様からの要件も前に進めれる筈でした。

メモを取っていなかった事もありますから、要件を忘れてしまいますと要件が何だったのかに辿り着く事が出来ません。



少なくともお客様からは気付けません


新人が対応してくれた電話において、お客様の要望が新人に伝達されていなかった事をお客様の方で気付く事は可能でしょうか?

新人の答えは、「はい。分かりました」でした。これを受けて、お客様は要件の事を理解してくれたと思います。この時まさか、電話対応をしてくれている人が話を聞いていないという事の可能性まで気付く事は早々無かろうかと思います。

「はい。分かりました」

と聞いている正にその瞬間に気付く事は、ほぼ無かろうかと思います。

聞いているのに実は聞いていなかったという新人の状況ですが、「はい。分かりました」と応える事で、お客様においては意思伝達が為されていなかった事に気付く事は難しかろうと思います。

「はい。分かりました」

と聞いている人物はもう一人います。新人です。電話対応している新人は、表現したと同時に、自らの表現を聞いています。この新人さんは、自分がお客様からの要件を理解していたので、「はい。分かりました」と答えましたし、「はい。分かりました」と聞いています。

新人さん自身も、その瞬間にはまさか、実は自分が話を聞いていなかったとは思いません。

気付くのは後になってからです。

「はい。分かりました」

と言わなければ違った結末になったのでしょうか?「はい。分かりました」とは、一体なんだったのでしょうか?

お客様にとっては、電話対応の「はい。分かりました」によって一歩、前進している事になっています。

言語とは難しいものです。

2018年4月16日月曜日

実は分かっていなかった「分かったか?」「はい」

本記事は次の様な方に相性が良い記事です。

・部下をお持ちの方。
・コミュニケーションのズレに関心のある方。
・言語の悪い点を知っておきたい方。

その様なあなたは、コミュニケーションのズレに対して苦労も経験し、苦労と向き合い超えてきた武勇伝もお持ちの事でしょう。

本記事は、言語の悪い点に着目します。共感するところがあれば嬉しく思います。



上司と部下。よくある質問と答え


上司と部下の間では、交流が盛んな程、良い仕事が出来ます。交流する上で質問と答えが行き来しています。上司と部下におけるよくある質問を答えの内、一つに触れたいと思います。


仕事を振る上司と仕事を受け取る部下


上司は部下に仕事を振ります。部下に仕事の内容を伝える時に、意思疎通を図る道具として言葉や文字など言語を使います。言語を通して意思が疎通されているかどうかを確認します。

言語を通して、上司は部下に仕事を振ります。言語を通して、部下は上司から仕事を引き受けます。


意思疎通が必要


部下に割り当てられるまでは仕事は上司が所有しています。上司の元にある仕事が、上司の手を離れて部下が取り組む様になる為には、上司の元にある仕事を上司が取り組むかの様に部下へと引き継ぎたいところです。

上司は、本来は自分自身が取り組む仕事を自分に変わって、部下に果たしてもらえる様にする仕事があります。上司がその仕事を果たすには、果たされるべき仕事にまつわる全ての意思が、部下へと引き継がれていくべく表現する過程があります。

部下へと意思を表現し、部下に伝達される事が上司の仕事です。主に言語を道具として、その仕事を果たします。

上司は部下に意思疎通を図ります。


意思疎通を確認


部下が仕事を理解しているのかどうかを確認する作業を上司はするでしょう。意思疎通が行われていたのか、意思伝達は出来ているのか、を確認したいところです。

意思疎通、意思伝達が起きていないのであれば、上司は部下に振り分けるという仕事を終えていない事になります。ですから、その仕事を終えた事を確認する意味でも、意思疎通が図れていたのかどうかを確認します。

上司と部下の間柄や特徴にも寄りますが、やはり基本は質問と答えが双方に行き来しながらの交流となりそうですね。


よくある質問と答え


その中でも確認作業にまつわる質問と答えとして、よくある質問と答えがあるかと思います。

「分かったか?」
「はい」

あなたも経験した事がある会話ではないでしょうか?この言葉の行き来は、あらゆる場面で何回も経験しているかと思います。

確認作業が終わりますと、部下へ仕事を割り振るという上司の仕事が終わった事を確認するかと思います。

部下から仕事を果たした報告を待ちます。



仕事は問題解決。別の領域で生まれる問題


仕事は問題を解決する事です。

ところが、上司と部下の間で問題が生まれていたという事も沢山あります。その事が理由となって、お客様の問題を解決する事が出来ない事も起こり得ます。

果たしたい仕事とは別の領域で生まれる問題というものがあります。



仕事は問題解決


お客様の問題を解決しようとして上司である人物が仕事を所有している場合、お客様の問題を解決できましたら仕事を果たした事になりますし、問題を解決できなかった場合は仕事をしたとは見なされない事でしょう。

会社では、お客様の問題を解決する事が叶わない事も沢山経験する事があります。上司も、それを経験する事があります。


お客様の問題を部下に解決してもらいたい


お客様の問題を解決する仕事を上司が持っている時、それを以下に効率良く大量に、そして多機能で柔軟性の高い仕事へと化けさせるのかは上司としての腕前の一つかも知れません。

多くの場合は、その手段として部下に仕事を振ります。ある意味では、上司を上回るパフォーマンスを期待して部下に仕事を割り振ります。

部下が仕事を果たしてくれる事は、上司が1人で仕事を果たす以上に生産性の高いものへと化けていきます。


部下が問題を解決していない


期待して部下に仕事を振りましたが、部下がお客様の問題を解決していない事が後になって分かりました。

生きていると色々あります。
その様な事も起こります。

元々は、上司の元にあった仕事だという事もあり、解決していない問題に対して上司が介入します。


部下は理解していなかった


介入した上司が、お客様の話を聞いたり、部下の話を聞いていく中で明確に見えた事がありました。部下は上司の話を理解していませんでした。

上司は、ただただ驚くばかりです。

「分かったと言ったじゃないか?」
「はいと返事したのは何だった?」
「どうして確認してくれなかった?」

怒りでしょうか?
哀しみでしょうか?
諦めでしょうか?

色んな感情が走るかも知れません。


上司も部下も意思疎通に成功していると思っている


上司の元にあった仕事を部下に割り振り、その仕事を振り終えた時の確認のシーンが思い出されます。上司の質問は「分かったか?」であり、部下の答えは「はい」でした。

上司は部下の答え「はい」を聞いていますので、部下は上司である自分の言う事を理解したと思っています。

部下は上司に答え「はい」を伝えていますので、部下である自分は上司の言う事を理解したと思っています。

「はい」という言語を通して、上司も部下も意思疎通に成功していると思っています。お客様の問題の他に、もう一つ問題が生まれてしまっています。それは、本来果たしたい仕事とは別の領域において生まれています。


ズレと遭遇する時、次の一手は?


お客様の問題を解決していないという時点で明らかになっている事は仕事が出来ていません。

上司が介入して明らかになった「部下は理解していなかった」という事ですが、「はい」という答えを通して上司も部下も意思疎通が出来ていたと思っていた事が実はズレていたという事に遭遇します。

意思疎通にズレが起こり、意思伝達が起きていなかった事が露呈した時、次に打てる一手とはどの様なものでしょうか?

その一手によって成功へと導いた方は一つの大きな武勇伝となっている事でしょう。

それはそれで素晴らしい事ですが出来れば、後になって気付くズレよりも、ズレが起きている正にその瞬間に気付き、その場で打てる一手があれば、目立たないかも知れませんが美しい武勇伝となるのではないでしょうか?


言語が指し示している先が違う


「はい」という同じ機能を持っているかに思える言語ですが、上司が解釈する「はい」と部下が表現する「はい」には、細かく見ると違った意味合いが隠れています。

「はい」

に着目していますが、

「分かったか?」

に着目しても同様の事が言えます。言語は、それが指し示している先が違う事が多分にあるにも関わらず、まるで同じものを指示していて、意思疎通が図れていると勘違いする場合が多くあります。

そして気付かない事が大半です。

後になって気付く事は簡単ですが、事が起きてからでは遅いという性質が仕事にはあります。後になって気付く前に、起きている最中から、起きている手前から、その事に気付き、対応できる自分でありたいと多くの上司の方は思っているのではないでしょうか?



本記事では、言語の持つ悪い点に着目しました。このシリーズは別の記事でも書き綴りますので、宜しかったらそちらも併せてお読みください。

読んで下さって有り難うございました。

2018年4月14日土曜日

人から学び、人に教える。使う道具が残念

このブログは、次の様な方に相性が良い記事です。

・自分の経験を生かしたい人
・50歳になって使命に生きたい人
・天命や天職と出会いたい方

その様なあなたは、次の様な行動をしているかも知れません。

・論語などの勉強会に参加
・創業者の講演会に参加
・実業家たちが集まる場に参加
・使命を知るセミナーを受講
・コーチングを受ける

その様な方に是非、読んで頂きたい内容です。よろしくお願いします。その様なあなたは、行動的で活動的だと言えます。また同時に、どこか慎重で、保守であるとも言えます。



自分の使命に出会おうとするあなた。現実空間では?


50歳を超えて天命を知る様になり自分の使命に生きる事を意識する様になりますと、天命を未だ知らない自分の現在地と、定年を控えてセカンドライフを準備しようとする自分の現在地とが重なり、行動に出る方も多いかと思います。

特に、AIが登場している今の様な時代では、今までの延長では自分の経験が生かされる職場は期待できません。その事を敏感に感じ取っているあなたは、サイバー空間で検索や関連を辿る行動の他にも、現実空間で積極的な行動を足で稼いでいる事でしょう。

偉人や先人に学ぼうとして、書籍を当たったり、講演会や勉強会に顔を出しているかも知れません。天命を知る事に関心がある時は論語にまつわる勉強会に参加されているでしょうし、使命を知りたい衝動には、コーチングを受けたり、セミナーを受講しているでしょうし、経験を生かした仕事をしようとして故人の渋澤栄一氏や松下幸之助氏などの縁の地を訪ねているかも知れませんし、尊敬していた上司との親睦を深めているかも知れません。

自分の使命とは一体何でしょうか?
あなたの使命は一体何でしょうか?

あなたは、使命に出会うべく若かりし頃の行動力そのままに、現実空間で様々な行動を既に起こしている事でしょう。


使命に出会いたい。偉人に学び先人に学ぶ道具は?


あなたは使命に出会いたいと思っています。

そんなあなたが、使命に出会うべく現実空間で様々な行動をしているのは、自分が使命と出会う機会やヒントを与えてくれる期待があるからでしょう。そして、その期待を求める先は、比較的に偉人や先人に向かうのではないかと思います。

故人だけではなくて、ご存命の方であっても成功者であったり尊敬しえる人であれば、あなたにとってはまるで偉人や先人であるかの様に位置付けている事でしょう。

その様な広い意味で、偉人や先人に学びながら自分の使命とは何かを知ろうとしますし天命が何か知りたいと思っています。

学ぶ時に使う道具は、言葉であり文字ですね。あなたは、言葉であり文字である言語を使います。

偉人や先人も、意思疎通や意思伝達の道具には言語を選択しています。あなたも、意思疎通や意思伝達の道具には言語を選択しています。

言語の特徴には良し悪しがありますが、先日の記事を参照しますと、AI時代には弱点が露呈している事を強調しておりますので、是非、言語の弱点に着目して頂き、次へと読み進めて頂きたいと思います。


天を待ち自然に任せる?


意思疎通の道具として言語には落とし穴がある


昨日の記事を参照して頂ければ言語には弱点があるとお伝えしています。昔々においては言語の弱点は目立ちませんでしたが、AIが登場している今の時代に入ってからは明確に弱点が目立ちます。

意思疎通や意思伝達をする道具としては、弱点が目立つ道具となってしまいました。

では、天命を知るにはどうすれば良いでしょうか?


天に任せる。自然の成り行き


天命を知る。天という文字が入っている通りに、天の事でありますから天に任せるという方も多いと思います。

あなたはどうでしょうか?
天命を知る上で、天に任せますか?

何をしても宇宙自然は機能していますし、何をしても地球自然が機能している様に、自然のままに任せる事が人間の知恵なのでしょうか?

何も解釈を入れない言葉のまま、天に任せ自然のままに生きるという選択をしてしまいますと、50歳になれば皆んながみんな天命を知っても良さそうなものです。

自然に風が吹き、
自然に雨が降り、
自然に地球が回り、
自然に光が走る様に、

自然に天命を知る。

あなたは、どうでしょうか?
あなたの隣の50歳の方はどうですか?


天任せ、自然任せでは天命は来ない


多くの方が55歳になっても未だ、天命を知らず使命を分からない状態です。

使命を知る上で、天に任せ、自然の成り行きに任せる事は何かが違いそうではないですか?

あなたは、直感的にその事を理解しています。だからこそ、現実空間でそのくらい行動をするのでしょう。何も行動を起こさなければ、天に任せ、自然の成り行きとして達観して大人な感じがありますが、それでは天命を知らず、使命に出会わない状態です。

あなたは、そことは一線を画しています。


人生は自分で切り開くもの。



天命を知り使命に出会おうとする上で様々な学びがあり、交流があります。あなたは、その学びと交流に没入していきますが、その時の道具が残念です。

言語を使い、学んでいるでしょう。
言語を使い、交流していますね。

言語の持つ弱点が落とし穴です。
それ故に天命を知らずに生きます。
それ故に使命を知らずに死にます。

では、言語を使わず、学びや交流の趣向を変えて天に任せて自然の成り行きに投じる事はどうでしょうか?

それもまた天命を知らずに生きます。
そしてまた使命を知らずに死にます。

天に任せても問題ですし、かと言って現実空間やサイバー空間に訪ねてみても問題です。

では一体どうすれば良いのだと思いますか?

本ブログには、そうした危機意識や限界突破意志があります。また、一体なにが問題でこのようになっているのか、その理由を明確に理解しています。

本記事も言語を使っているという意味では、言語の弱点そのものが働いていますが、言語の弱点を理解し、その解決方法を持っているという点において、この課題に真正面で取り組み問題を解消解決する事が出来ます。

あなたには是非、これからの記事にも着目して頂きたいです。言語の弱点に気付き、その突破口を手にして、今からのAI時代を生きる素晴らしい道具を手にして、天命を知り、使命と出会われて下さい。

2018年4月13日金曜日

伝えたいのに伝わらない。交流の道具が問題

本記事は、次の様な方に相性が良い記事です。

天命、天職を知りたい。
自分らしい生き方を探している。
経験を生かす場所に出会いたい。

そのために、サイバー空間でも情報を集めたり、現実空間でも学びの場に出かけたり本を読んだりしている方には特に読んで頂きたい記事です。

宜しくお願い致します。

交流の道具は言語。言葉や文字。


あなたは、もしかしたらインターネットで検索をしながら次の様なテーマや関連記事に関心があるかも知れません。



  • 天命は何だろうか?
  • 天命を出会う方法は?
  • 天職とは何だろうか?
  • 自分の天職はどの様にして分かるのか?
  • 自分らしい生き方をしている人は何をやっているのか?
  • 自分の経験を生かしている人は今は何をしているのか?


そして、映像であったり、ブログ記事であったり、様々な情報を辿りながら、今の自分の気持ちに適するものを選ぼうとしたり、自分らしい生き方のヒントにしようとしたりしているかと思います。

あなたは、それが出来ると思っています。知る事が出来ると思っていますし、出会えると思っています。


言語の便利さ。言語の良い点。言語の悪い点。


一体どうして、それが出来るとあなたは思っているのでしょうか?

サイバー空間上の多くの情報は、言葉であったり、文字であったりしますね。本ブログであれば、文字ですし、映像から得られる情報であれば、テロップなどの文字もありますし人が話している言葉もあります。

文字や言葉は言語です。

人間であれば、交流する時の道具として言語を使いますよね。現代文明において、現代人であれば、誰であっても言語を使っている事は確認するまでもありません。

私も言語を使っています。
あなたも言語を使っています。

この画面を通して交流する私とあなたを行き来しているものは、文字や言葉という言語が代表的でしょう。本ブログだけにとどまらず、あなたが画面を通して目に飛び込み、脳で処理が行われる時に扱っている道具は、それが映像であっても、ブログやFacebookなどのSNSであっても、言語であろうかと思います。

意思疎通を図る際に、とても便利な道具です。

言語の良い点


言語には良い点があります。良い点は幾つもありますが本記事では、良い点を絞って一つだけご紹介しようと思います。具体的な事例などは他日、記事にしたいと思います。


・共通の約束、共通の決め事に沿って扱いやすい

りんごを見て、車と言ったとしましたら通用しませんが、りんごを見てりんごと言ったとしましたらこれは通用します。人間にとっては当たり前の事かも知れませんが、動物にはこれが難しいです。



言語の悪い点


言語には、上にあげました良い点の他にも幾つも良い点があります。ところが、私たちが扱っている言語は万能ではなく、欠点もあります。欠点も幾つかありますが、ここでは一つに絞りましてご紹介します。こちらも具体的な事例などは他日、記事にますのでそちらも併せてお読みください。

・意思疎通する道具でありながら、意思疎通がうまくいかない


コミュニケーションは言語によってもズレるものです。



明示されない過程と原因。AI時代には弱点が露呈


言語にも両面があります。

良い点がありますし、悪い点もございます。何事にも良し悪しがあるかも知れませんが、AIが登場してきている今の時代は悪い点が特に深刻に機能する様になっている事をご存じでしょうか?

AIが登場している今、言語の弱点が露骨に人間を悩ませる様になっています。正確に申しますと、元から備わっていた弱点が言語にはあったのですが、今までは気付きにくかったと言えます。

幾つかある言語の弱点の内、一つをご紹介します。

言語は、結果です。

本来は、言語が指し示しているイメージを表現したいのですが、指し示しているイメージを表現しようとして生み出された結果が言語です。

物事が結果としてそこに存在するまでには、そうなる為の原因がありますし、原因から結果に至る過程があります。原因と過程と結果は一本の流れなのでありまして、それらが切り離されて存在するのではありません。物事が結果としてそこに在るには、それまでに必ず原因と過程が共にあるものです。

ところが、言語が表現できるのは結果のみです。言語を通して意思疎通できるのは結果の世界のみでありまして、原因や過程の世界も併せた結果に関心があったとしましても、言語からは到達が出来ないものであります。

原因や過程に触れる事が出来ないもどかしさが言語にはあります。


言語からは天命や天職に出会えない


そうしますと、どういう事が言えますでしょうか?言語では、原因や過程と出会う事が出来ません。

天命や天職に出会おうとして、情報を探し求めようとするあなたも、言語を道具に出会おうとするでしょう。その言語には、原因や過程は明示されていないのです。

これは深刻な問題です。

あなたが出会う多くの情報は言語によって表現されています。天命や天職に出会おうとしてインターネット検索でブログやホームページなどにアクセスし、関連するページや関連する映像に数多く出会ったとしましても、出会う全ては言語です。

その言語は、原因や過程を明示できません。

あなたが天命や天職に出会おうとして様々なページを探し求めるでしょうが、その方が天命に出会っていたり天職に出会っていたとしましても、その方が扱っている言語を通してですと、あなたにとっての原因や過程にはなり得ません。あなたにとっての原因や過程のみならず、実は、天命・天職に出会われた方にとっての原因や過程すらも明示できる道具には成り得ません。

これはとても深刻な問題です。
言語の深刻な弱点です。

部下を育ててきた経験を持つあなたであったり、子どもを立派に社会人へと育てあげてきた経験を持つあなたでしたら、原因や過程の大切さが身に染みているかと思います。

営業の成果で例えるとしますと、あなたが挙げた営業の成果の様に部下にも営業成績を収めてもらおうとする際に、営業の成果が結果でのみ伝達する事は有り得ない事です。部下において成果が挙がるという事は、その成果に見合った原因や過程が結果にひもづいていますし、その原因や過程までを共有する事に成功したから起き得た事です。

そうでなくては、1人2人の部下だけでなく他にも大勢の部下を成功に導く上司ではいられなかった事でしょう。

営業の例に限らず、本当に意思疎通したい領域は、結果としての状態のみならず過程や原因を含む状態でありたいあなたです。天命や天職と出会う時にも同じです。

だからこそジレンマです。

言語は、原因と過程を明示しません。伝えたい側も原因と過程を言語では表現できませんし、伝えられる側も原因と過程を明示されていない言語で受け取ります。

交流の道具が言語ですと、
伝えたいのに伝わりません。

交流の道具が問題。
大きな落とし穴です。

2018年4月12日木曜日

期待感が募る。検索窓や関連リンクを辿るのはどうして?

天命を知りたい。
定年前の準備としたい。
第二の人生を生きる。

その様な方に向けた記事です。


その様なあなたが見ている今の私の記事に出会うためには、何も無くて出会う事はありません。あなたが天命や天職と出会いたいという期待が高まる中で色んな行動をされている中で、検索窓にキーワードを打ち込んだかも知れませんし、或いは、関連キーワードをクリックしてきたのかも知れません。その事で私の記事に出会っています。

映像ですと、検索でヒットしました映像であったり、関連動画であったりしますね。

「天命を知る」と打ち込んでみますと、50にして天命を知るという論語を引用した記事が沢山出るでしょうし、映像にしましても、天命を知るという事に焦点を合わせた映像があろうかと思います。

タイトルや説明文を見て、判断しますよね。「これは、私に合う」ですとか、「私には合わない」ですとか瞬時に判断をします。

何かしらの期待感が募って、天命天職を知りたくてインターネットを使っていると思いますが、どうやったら天命を知れるのかについて、改めて足元を確認しまんか?どうしてインターネットを使おうとしていたのかですとか、どの様にして知ろうとしてきたのかとか。

それが本記事のテーマです。

知るというところに着目します。「天命天職を知る」という表現の知るという箇所ですね。

人間は、知る為にどうするかと言いますと、赤ちゃんの何も知らない状態から、何かしらモノを知っている大人の状態になっています。

数学も、理科も、国語も、赤ちゃんの状態では分からないし、知らない状態ですけれど、大人になっている時は、知識の程度は有ろうかとは思いますが、皆んな知っているという状態になっています。

何も無くて、知る状態にはなりませんね。何かがあって、知る状態になっています。それが何かと言いますと、外界の情報に出会うという事です。

赤ちゃんは、外界の情報と沢山出会います。初めは主に、父親であったり母親です。あなたに息子や娘が居れば、父親であるあなたでしたら父親として情報を投げかけますし、赤ちゃんは父親から情報を得ます。

赤ちゃんに無い情報を、赤ちゃんの外から、そして先に生まれている人たちから次々と取り入れます。

「あっちに行ってはいけないのよ」
「あなたは、男の子なのよ」

両親から聞きます。そして育ってきますと先生からも聞きます。

「忘れ物をしてはいけないよ」
「先生の言う事は聞きましょう」

その様にして、自分には無い情報を、外から取り入れながら知る状態になります。天命や転職を知るという事も、それと変わらない働きが起こっています。

それでは天命や転職を知る時、自分にはない外とは何でしょうか?

天命天職という幅の広さやスケールであったり、モノの観方という意味では深さも必要ですし、緻密さも求められる中で、そうした情報と出会おうとしますれば、人と沢山出会おうとするのが良さそうです。

ところが、少し考えてみますと分かりますが、天命天職の規模だからと申しまして世界中の人たちと出会おうとしますと如何でしょうか?一人ひとりとゆっくり話して、「あ、自分の天職はこれだ」「これが天命だったのか」と知るのが良い事は分かりますが現実を併せて考えます。

現時点2018年では、世界人口は76億人いるとするならば、76億人の人と1日に1人ずつ出会うとしましたら一体、何日、何年、かかるのでしょうか?

現実的には不可能ですよね。

世界よりは範囲を狭めまして日本国内に限っての話ですと、1.3億人くらいですので、76億人と比べますと随分と減りますが、やはりまだまだ現実的ではありません。

更に範囲を狭めまして福岡市に限っての話にしますと、150万人都市ですので76億人の時と比べますと随分と現実的な範囲です。ですが1年が365日という事を考えますと、150万人は何年、何十年と経過しますので、1人ひとりと出会って語らうという事は、まだ現実的ではありません。

では逆に考えます。

家族や職場で出会う手身近な人だけでも会えば極めて現実的です。ゆっくり会えますし、気心も知れています。ですが今度は別の問題が生じます。今まで、多くの時間を共有していても、あなたは天命天職を知る機会を得ていません。

そもそも、「その状態で天命天職を知れるのか」と自問自答しますと、知れないと判断しているから外に出かけたりインターネットに繰り出しているんですよね。

今までの身内の関係では天命天職を知るには限界で、外に出会おうとして色んな行動をしているあなたです。天命天職ですと外の規模は広いほど良いですし、深い程よいでしょうが、世界、日本、福岡市という範囲を見ておりますと非常に現実的に難しいです。

だから諦めたくなります。
現状に留まりたくもなります。

ですが、人類歴史は有り難いものでして、技術や文明という便利なものを遺してくれています。人間は、素晴らしいです。大変な事を一瞬で出来る様にし続けてきた歴史です。

農業社会の時に私たちが外に出かけて行って出会う事が出来た情報とか人数というのはどのくらい時間がかかったのかを想像してみます。

次に、産業革命が起こり社会のライフスタイルの中心軸が変わり産業社会になってからの事を考えてみます。その時、農業社会の移動手段や通信手段を考えますと全然違いますね。

人と会える量も違いますし、扱える情報量が変わります。

更に、IT革命が起こり社会のライフスタイルの中心軸が変わりIT社会になってからの事を考えます。その時、IT社会の移動手段や通信手段はまた随分と飛躍的に高まります。


農業社会の時に、76億人と会う時にどのくらい時間がかかりますか?そして、産業社会の時に、76億人と会う時にどのくらいの時間がかかりますか?

話が見えてくる気がしませんか?
技術や文明の利器は凄いです。

大変な事を一瞬で出来る様にしてくれます。

1人ひとりに会ってお茶をするというやり方は、どちらかと言えば農業社会側の手段と言えそうです。

それと比較しまして、

技術ですとか文明という有り難いものがありますから使える便利な道具を使う事で、それまでの大変な仕事量をスリムにこなす事が出来る様になります。

だからこそ、です。

あなたはインターネットを使っています。天命天職を知ろうとして他にも沢山の事をやっているかと思いますが、その内の一つとして検索の窓に打ち込むという作業をしています。

検索の窓。

英語が使えたり、言語が使える範囲ですと、検索窓から世界中のどこにもアクセスできます。繋がっています。映像も、YouTubeを使っている人は世界中にも沢山いますし、その様な道具を使って出会いの可能性は高まります。天命天職を知りたいとの期待までもが募ります。

これを農業社会よりも前の時代に行おうとすれば、一体どのくらいの時間と労力がかかるでしょうか?技術や文明を使う事で、昔は出来なかった事を今の私たちは極めて短時間で果たす事が出来る様になっています。

あなたには期待が募ります。

インターネットを使う事で、ブログやYouTubeを使う事で、情報を配信したり、受信する事を通してコミュニケーションします。今までは出来なかった事を今まで以上に出来ます。それも短時間短期間で出来る様になっています。

この話はどの様に続くと思いますか?
読んで頂いてありがとうございました。

2018年4月11日水曜日

落とし穴。突き動かされているかの様に天命天職に出会おうとして

・定年前に第二の人生の準備をしたい方
・天命を知りたい方
・天職に出会いたい方

その様な期待を募らせて、何かしらの行動を起こされている方に相性が良い記事です。

その様なあなたは、天職を知ったり天命に出会う事を期待して色んな事をされていると思います。この記事を見ているあなたは、本記事とどの様にして出会ったのかと言いますと、インターネットで検索をしたのではないかと思っています。或いは、類似する記事として関連記事から見つけてきたのではないかと思います。

インターネットで検索の窓に打ち込むという事や、関連キーワードを通して、私のブログと出会う事の共通点は分かりますか?

検索窓に打ち込む単語にしましても、関連として挙げられている単語にしましても、言葉であり言語ですね。

YouTubeなどでしたら映像で出会う事もあろうかと思いますが、映像であっても人が出て来て何かを喋っている場合は、出演者が発しているのは言葉であり言語を使っていますね。

私たちは、言語を使っています。

言語を使っているという共通点があります。話は次へと展開しますが、あなたはこの様な事を意識した事がありますでしょうか?今までの長い人生経験の中で、折に触れて感じる事があったかも知れませんが、言語と言いますのは結果です。

言語は、結果です。
詳しくは別の記事で触れます。


結果には、原因があります。そして、過程があります。原因と過程を経て結果になっていきますが、単語、言葉で表現されている言語と言いますのは、生産された後のものです。

以前の記事に水の性質を使いまして描いた絵がありましたが、そのイメージ図を参照しながら聞いてみて下さい。

水が集まって頂点になるところは結果ですね。

頂点にあるところは結果です。結果になる前には水が集まってきて盛り上がる様であり過程の段階がありますし、過程の様にさせている原因が更に深いところ、水自身にあります。波を持つ水で表現してみてもそうです。

単語、言葉の様な言語を使う事。
その共通点においてですね。

過程や原因が、結果である言語によって明示される事はありません。繰り返しになりますが後日、詳しく取り上げる事にします。

ここまではサイバー空間での交流の話ですが、私たちが現実で出会う交流の時にはどうでしょうか?


天命を知りたい、天職に出会いたい、と期待をもってインターネット検索や関連動画を見たりする他にも、本を読んだり、新聞を読んだり、それから新聞にも沢山の情報があり、交流しようとします。

講座やセミナー、それから勉強会の様な、人がそこに介在する事もありましょうし、ありとあらゆる情報に出会いますね。お付き合いでお会いする人もいますから、初めてお会いしたり、親睦を深めたり、旧交を温めたりと様々です。


とにかく期待する事は、「天命を知りたい」「天職に出会いたい」という一心でありまして、その様な思いが沸々とありながら期待感を募らせて、現実空間での様々な行動や所作があろうかと思います。

現実空間での様々な交流に着目します。

本に書かれているのは、文字ですし、新聞に書かれているのは文字ですし、セミナーや講座や勉強会、それから人との出会いでは文字や言葉を使うでしょう。交流のあらゆる場面で使われる素晴らしい道具として私たちは言語を使いますね。

気付く事があります。
前述した通り、言語は結果です。

原因と、過程を経まして、その結果として表れている言語を使います。結果ですので、その手前までの原因や過程というものが反映されていません。言語には、原因や過程が明示されていません。言語によって、原因や過程を明記する事は難しいですね。

一方で、こうも言えます。

共有したくて言語を使う時は、原因や過程を含めて共有したいと思いませんでしょうか?本当に共有したい時ほど、強く感じる事かと思います。

あなたがもし、部下をお持ちの時に部下とのコミュニケーションでも言語を使う事でしょう。その時、共有したい事は言語そのものよりも、言語が指し示しているイメージであったり感情であったり思考であったりしませんか?


コミュニケーションが伝わらない現象、それから指示した事が伝わらない現象、そして期待する事も沢山あった今まででしたが至る所で期待が裏切られていくという難しさに直面していたのではないかと思います。

言語には、原因や過程が反映されていないからです。言語という道具は、結果なんですね。

あなたが本当に伝達したかったのは、あなたの意図であったろうと思いますし、あなたの意志を伝えたかったのでしょう。感情を伝えたい事もあったであろうかと思います。

それが言語に乗るというのは難しいです。

怒りの感情があったとしまして、「私は、怒っている」と書きましても言いましても、怒りの感情そのものが文字や言葉には乗りません。更には、受け取り手の体験経験に基づく解釈の問題も働きます。

言語だけでは、解釈してくれる側に感情そのものが伝わるのは本当に難しいですね。

言語は過程や原因を明示しきれないという事ですが、ではどうすれば良いのでしょうか?

天命を知りたい。
天職に出会いたい。

期待は益々募りますし、
高まっていきます。

その中で、衝動的に色んな場所に出かけてみたり、勉強してみたり、検索してみたりと色んな事をしながら言語を道具として使いますが、教えてくれるその人の情報は結果としての言語ですから、その原因や過程が明記されていない中では、教えてくれているその人そのものと一体どの様に出会う事が出来るのでしょうか?

非常に難しいです。

それでは、言語を使って出会おうとしなければ良いのでしょうか?

天命という文字通り、
天職という文字通り、

天にお任せすれば良いのでしょうか?論語に出てくる孔子の言葉に在ります様に、50歳になれば天命を知る事になるのでしょうか?自然に任せていれば、天から何かが降りてきて、「あ、気付いた」「あ、感じた」などとなるのでしょうか?

それも如何なものでしょうか?
多くの人は、出会えていません。

私自身は、人生は自分で切り開くものと理解していますし、天命を知るという事においても、天に任せていたら天が教えてくれるものでもないと思っています。或いは、その様な表現がどこかにあったとしましても、それは結果としての言語に過ぎないのでありまして、全く違う解釈だと思っています。

自ら掴みに行けるものです。

では、どうすれば良いと思いますか?

自然に任せておく事も難しいですし話は違います。積極的につかみに行こうとする時の道具は結果である言語ですし出会えません。

どうすれば良いのでしょうか?

この事の難しさ故に、皆んながみんな天命や天職に出会う事が無いのであろうと思います。

この事を、私は非常に問題視しております。課題として見ております。そして本記事を読みながら正に今も私とあなたの間に起きている現象です。本ブログも言語を使っています。

ただ、私はこの現象が起きている仕組みや構造が見えています。

仕組みや構造が見えているので、難しいこの問題をどの様に超えていくのかを私自身、意識しながら発信していこうとしています。あなたにおいても、私のブログを見ながら末永くお付き合い頂く中で、言語の弱点、そして言語を上昇させていくところまで関心を寄せてもらえる様に案内したいと思っていますので、期待を募らせながら、今後もお付き合い頂ければと思います。

いつも見て頂いてありがとうございます。

2018年4月10日火曜日

あなたのキャリアが周りに浸透する時間を考える

家族や企業でチームを作る事を終えられた方、ある程度の成果を挙げられた方、素晴らしいチームワークを組み上げた方、そして今までにない生産性の高い人で溢れさせたいとする方に向けた記事です。

今は、AI時代に入っています。

社会は、○○時代という表現をされる様にその時々のスタイルと言いますか流儀があります。ここ数十年を取り上げますと、インターネット時代、IT時代からスマートフォンやタブレットなどスマート化が進みスマート時代へ、そして今はディープラーニングが先導しておりますAI時代に突入している正に最中で、各々のライフスタイルがあります。

世界は今、AI時代です。
日本も遅まきながらAI時代です。

本格的なAI時代を前に控え、そして定年を前に控えた準備をしたいあなたは、何を、どの様に、準備をしようとしていますか?

40歳で不惑、50歳で天命を知ると来まして、定年前に準備したい事、或いは定年前と言わず今がもう既に第二の人生として生きるというあなたが、一体どういう準備をしていくのかという話をしたいと思います。


自分の事を悩まない人を自分の身の周りに作っていく仕事。それが一番あなたに合う仕事だと思います。

別の記事でも紹介しましたが、自分の事を悩み自分の事を考える人たちが多い時代です。自分の事を考える人同士に摩擦が起きたり衝突が起きたりすれ違いが起きているのですが、その人たちの間で協力する事は本当に難しいです。

上司として、家長として、その事を超えているあなたの人間力の高さを生かして頂きたいです。それが、あなたの経験を生かす道です。

そしてもう一つ。
これも大切な事です。

その時のスピードです。スピードを速めていく事がとても大事な時期です。

時代の話をしましたが、もう少し詳しく時代を遡り、また時代を下ってきたいと思います。

農業革命が起こってから、それが社会に浸透しきるまでに、当時、農業革命が起きた当時から皆んなのライフスタイルが一斉に急に農業社会になってはいませんよね?広がるのに幾分かの時間がかかっています。

どれくらいだと思いますか?

農業が定着する前までにかかった時間は諸説あると思いますが、ここでは5000年としましょう。農業革命が起きてから社会として定着するまでに5000年かかっています。

時代は下りまして、産業革命が次に起こります。産業革命が起こりまして社会として安定する前までにどれくらいの期間がかかっているかと言いますと、200年です。200年かけて安定しています。

次は、IT革命ですね。

この様にして本日の記事は、革命と社会をセットにして展開している話です。IT革命が起きて社会に浸透するまでに30年かかっていると言われています。

次は、スマート革命。それが起こりまして社会に浸透するまでに10年と言われていますね。iPhoneで有名なApple社を代表していた故スティーブ・ジョブス氏が、プラットフォーム戦略で行くと言ったのは2007年と言われていますが、本記事は2018年時点ですから、確かに10年くらいですね。

革命が起きてから、社会として安定する前までにかかっている時間を並べますと、

5000年
200年
30年
10年

そうしますと次が見えてきます。次の革命が起きてから社会に浸透するまでに10年は下回りそうですね。

あなたの人生経験が50年だったとしまして、キャリアは30年だったとします。それが周りに浸透するまでには、これも見えてきますね。

短時間で、そして、前の社会プレートの時よりも更に優れたものであり、なおかつ進化したものが周りに伝わっていく訳ですが、その様な仕事をやってみたいと思いませんか?

島崎は、是非、それをあなたにやって頂きたいと思っています。また、一緒に取り組みたいと思っています。

今の時代なりの勝負を共に出来たらと思います。今は、AI時代に突入しています。スピードが問われて、なおかつ質が高く、より人間らしい仕事のみが生き残り、生み増えて、社会に浸透していくものだと島崎は見ています。

読んで下さってありがとうございました。

2018年4月9日月曜日

部下を持ち部や課を成功に導いたあなたの次の仕事は

ご家族・家庭を築かれた方
部下をお持ちの方
部や課で高い生産性を挙げた方

に相性が良い本記事です。

その様なあなたは人間力が高くて素晴らしいです。何故、素晴らしいかについて触れてきた今までの記事があります。

そちらも併せて目を通されて下さい。

自分の事を悩まないあなただという点を特に素晴らしいと島崎は思っています。自分の事を悩まないというのが難しい時代ですから、特に素晴らしいと思っています。

自分の事を悩まずにある程度のチームや協力関係を作ってこられた方は、次はまだまだその味を深めたい、もっと味わいたい、と思います。文明も技術も、人間もずっと進化し続けていますし発展していきたいものです。可能ならどこまでも成長したいものです。

では、次はどの様に進化成長していきたいのでしょうか?今までの家族や企業や部下たちの結束力以上のものを作るには、どの様にすれば良いのでしょうか?

私の方で、これであろうという話をします。

今までは、あなた自身が自分の事を悩まない、或いは自分の事を考えないという状態であったろうと思いますが、今からは、あなたの身の周りの人も自分の事を悩まないし、自分の事を考えないという事が求められているのではないでしょうか?それも、あなた以上に、自分の事を悩まないという人をあなたの身近に増やしていきます。

必要な期間はどのくらいでしょうか?


あなた自身が手にした人間力の高さを手にする期間を考えます。仕事のキャリアの意味合いから考えますと、例えばあなたが22歳の時に、社会に出て、今のあなたが52歳でしたらキャリアは30年ですね。

その場合に必要な期間を考えます。

30年かけて手にしたあなたの人間力は、あなたの身の周りに居る人が身に着けるには30年と言わず、5年、3年、2年で果たす事。これが大変価値があるあなたの仕事ではないでしょうか?あなたの身の周りにあなた以上の人間力の人、そしてそれを30年と比較しまして2年の間で果たすという圧倒的な短期間で生み増やしていく事です。

あなたの30年のキャリアは、
身近な人は2年で収めます。

それを果たしている人、そしてモデルとなる存在は日本にいます。この福岡市にもいます。その人を探して、その実践モデルの人と身近な関係となる。

自分の事を悩まない人を短期間で生み増やす手法。既に作り上げている人を身近におき親密になる。それが一番早いのではないかと思います。

続きます。
読んで下さってありがとうございました。

2018年4月8日日曜日

体験経験による交流には体験経験によるズレが生じる件

人と人とが話す時に起きる現象について引き続き書き綴ります。

あなたが、記事を通して私と交流している時にも、同じ現象が起こります。本記事を通して交流するだけではなくて、面白い関連記事があって、その関連記事に出かけたり、インターネット上の色んな記事を見る時にも起こります。

画面を通しても、インプット、アウトプットが繰り返して起こります。一見しますと一方向に思えますが、人と人とが話している時とそんなに変わらない現象です。

交流がズレる現象や、ズレる事で起こる問題に対して、私自身は非常に出くわす事が多くて心を悩ませたり向き合ってきました。人と人とが話す時に、悩みも多くなりますし、思う様にいかない事が沢山あります。

その事を理解している島崎ですので、以前の記事

参照記事「使命。重いもので味わい深いもの

を通して書き綴っていた事も、あなたとの間で交流のズレが起き得る事を理解しています。島崎は、どの様な背景のイメージ図を持って話していたのかをお伝えする一方で、受け取るあなたはどの様なイメージ図として受け取るのかにおいてズレる可能性が高いでしょう。

参照記事で触れましたが、使命というものを重く受け取る方もいますし、軽く受け取る人もいますし、人によって違いますよね。ですが、人によって違うとの大雑把な理解に留まった受け取りにしますと、人と詰める話をしたい時に、それ以上に詰めていく話が出来ません。

りんごの場合ですと、

りんご=赤い
りんご=青い
りんご=青森産
りんご=Newton

の様に受け取る人がいますが、その人が過去に経験している事、その中でも特に、私自身に近いものはこれだというものを選んで、その人自身に一番深いイメージとしてひもづいています。


その人のもつ体験経験とつなげて理解しているという話です。

私、島崎は使命をどの様に捉えているかと言いますと、重いもので味わい深いものという様にお伝えしています。その事の背景となるイメージがありますが、受け取る側の体験経験が島崎のそれとは違いますから、その事によって生じる受け取りの違いが起こります。

あなたの体験経験がありまして、その体験経験は島崎とは違いますから、どうしてもあなたの解釈には、私の発信するイメージに違いが生まれます。

交流する上で、ズレは生じます。
体験経験の違いから生まれます。

その上で、ブログにて発信する私としてはそのままのイメージが伝われば良いと思いますし、あなたの方でもそのままで解釈してくれたら私は有り難いと思います。

そこを目指します。
そこでイメージ図を描きます。

私のブログを気に入って読み続けてくれている中で、センスの良い方はもしかしたら、この前振りだけからでも、「あ、この絵が出るのだろうな」と予想が当たるかも知れないですね。今からイメージ図を描いてみたいと思います。それは、次の様な絵です。


高さのもつ水が集まってきて波が高くなっているイメージ図。命を使うという時のイメージに活用している。



水の様なイメージで、水が集まってくる時の絵です。以前の記事でもお伝えしています。使命というのを命を使うという様に解釈した時の背景となるイメージ図としてお伝えしておりました。

水が集まってきて、頂点へと集まります。そして、より上に、更に上に吹き飛んでしまう絵という様にお伝えしています。

ここで問いかけます。

命を使うという風に解釈している時の背景となるイメージ図において、私自身は、

使命=重いもので味わい深いもの

という様に解釈していると既にお伝えしていますが、重いもので味わい深いものだと上のイメージ図から繋がりますでしょうか?

私自身は繋がっています。

以前の記事では、その事までは表現してはいないかも知れませんが、上のイメージ図を併せて読み合わせる時に、なるほど、島崎はその事を伝えていたのかと分かるかも知れません。そして、その可能性は高いかと思います。命を使うという事そのもののイメージ図を紹介しています。

ところで考えたい事があります。

このイメージ図が無い中で、単語だけで重いもので味わい深いものと言った時に、交流において何が起こり得るでしょうか?使命という言葉の解釈の仕方は体験経験の違いによって私とあなたとで変わってきますし、重いものという言葉の解釈の仕方も体験経験の違いによって変わってくるでしょうし、軽いものという解釈の仕方もやはり違うでしょう。

重いもの=○○
重いもの=▽▽

軽いもの=■■
軽いもの=☆☆

人と人とが話す時に、次々にズレが起こります。言葉が多くなる程、時間が経つ程、ズレが起こります。途中までは同じだったかも知れませんが、途中からズレていきます。

その様な事が起きる場合、物事を詰めていきたい時には、非常にこの現象が問題となり、向き合うべき課題となってきます。

本記事において、あなたとの間でも起きている事です。

私は、記事を見て頂いている皆さんとお話をしたいと思っていますし、何か一緒に作り上げたいと思っている立ち位置です。ですから、何かを詰めて行ったり、何かを共同作業していく上で必ず起きるであろう問題として、本当に難しい課題として、取り組んでいきたいと思っています。

私自身、奥行きにあるイメージや背景にあるイメージの表現がずれていく事には気を付けておきたいと思っていますし、解釈にも違いがあるという事を分かっておきながら、その中でもズレが起きない様にと意識していきたいと思っています。

いつも読んで頂いてありがとうございました。別の記事も是非、読んでいって下さい。

2018年4月7日土曜日

人と人が話す時に起きている事

人と人とが話す時、話がずれる事がありますし、お互いの関係が問われる事があります。自分だけの問題だけで済む話ではなくて、相手の問題までを含む話でもあります。

人と人が話す時です。

私自身の事を道具に使いながら展開します。以前に書きました

参照記事「使命。重いもので味わい深いもの

と読み合わせて頂きたいと思います。その記事では使命について触れています。記事を見て頂いている皆さんに向けて「あなたにとって使命はどういうものですか?」と投げかけています。

重いものと感じますか?
軽いものと感じますか?

あなたにとってはどうでしょうか?

使命=重いもの?
使命=軽いもの?

如何でしょうか?

重い様に受け取る方もいらっしゃいますし、軽い様に受け取る方もいらっしゃるかと思います。人それぞれで、どちらがどうという事は無いかと思います。

それは、何によって変わってくるのだと思いますか?

多くの方はこの様に整理されているのではないかと思います。それは、「人によって変わってくる」です。確かに人によって変わってきます。人によって違うものではないでしょうか?

本日は、ここを更に掘り下げてみたいと思います。

りんごについて考えます。

「りんごはどの様なイメージですか?」と尋ねましたら、ある方は、

りんご=赤い

と答えるかも知れません。その様にして別の人にも次々と尋ねていきます。

りんご=青い
りんご=青森産
りんご=Newton

色を答える方もいらっしゃれば産地を答える方もいらっしゃいますし、全く違った事を答える方もいらっしゃるでしょう。この記事を同じ様に見て頂いている他の皆さんがいらっしゃいますので、他にも色々な答えがありそうですね。

確かに人によって違います。

同じ単語を聞いても次に出る連想や考えは人によって違います。ですが、人によって違うという理解だけでは大雑把すぎますので、この話を噛み砕いて更に続けます。人によって違うという表現を更に深く、そして噛み砕いて表現しようとしますと、それは、どの様な表現になるでしょうか?

「その人の体験経験によって違う」

と言えるかと思います。この事は別の記事で詳しく掘り下げる機会を作ります。

冒頭に述べました様に人と人とが話す時に、会話の中でりんごが出てきたとします。或いは、会話の中で使命が出てきたとします。

会話では、言葉や単語を使いますね。

人と人とが話しますと、インプットしてアウトプットして、インプットしてアウトプットして、単語のやりとりが繰り返されますね。

単語の意味合いや指し示す発信者のイメージが人の体験経験によって違っている事もあるでしょうし、実は受け取る側の解釈においても体験経験によって違ってくる事でしょう。

同じ単語でありましても、そのアウトプットやインプットは人の持つ体験経験によって変わってきます。

人によって変わってくるという理解から、人の体験経験によって変わってくるという理解へと変える事で何が変わると思いますか?

ただ単に人によって違うという事だけで整理しようとしますと荒過ぎるんですね。話を詰めていきたい場合には、それ以上話を詰めていく事が出来ません。

例えば営業の現場です。

お客さんを見る時に、「それはそういう人だから」と理解するだけでは、それでも販売したい事情がある時には、それ以上の働きかけが通用しません。

もう少し話を詰めていきたい場面ですよね。話を詰めていきたいのに、人によって違うのでしたら詰めようがありません。ところが、体験経験によって違うという理解ですと、話を詰める余地が出てまいります。

人が持つ体験経験が違うんだと理解します。すると今度は、更に噛み砕こうとします。

「どの様に解釈すれば良いのだろう?」

と問題意識を持ちます。そして、

「人によって違う体験経験というのをどの様に私たちはイメージすれば良いのだろう?」
「その仕組みや構造というのをどの様に理解すれば良いのだろう?」

などと、次々と問題意識を落とし込み、解消し得る領域にまで変化させていきます。

人によって違うという荒過ぎる理解に留まらず、体験経験によって違うという踏み入った理解に進む事は重要です。

本記事では、人と人とが話す時に常に起こる現象について触れる中で、ズレが生じる理由として人の持つ体験経験が違う事によるという事を紹介しています。

明日の記事に続きます。
ありがとうございました。

2018年4月6日金曜日

自分の事を悩む個人主義だけど、協力関係を築いた人間力の高さ

本記事は、人格に溢れた人達、そして魅力に溢れた人達を輩出していく事に意欲のある方に送る記事になれば良いと想い書き綴ります。

私は思います。

その様なあなたは本当に素晴らしいです。

人間力の高さが群を抜いています。人間力、人間関係力の高さが群を抜いています。私は、その様な方とお話したいと思っていますし、お酒も飲んでみたいです。この時代の事を色々と語ってみたいと思っています。

先日の記事に続きまして、この件についてどのくらい素晴らしいのかをお話してみたいです。

個人主義が凄い時代です。

今は、辺りを見回しますとこの国、日本はアメリカの影響が非常に大きいですし、西洋文明の影響を大きく受けています。

その西洋が行ってきた事を歴史的に遡ればフランス市民革命です。王様を中心とする全体主義の国家から、個人一人ひとりを中心とする個人主義へと移動させています。

個人一人ひとりの権利を守ります。

個人の時代へとパラダイムを移動させたフランス市民革命です。その結果どうなったかと申しますと昨日の記事に書き綴っておりますが、家庭も、学校も、企業も、協力する事が難しい状態にあります。

個人主義と言います時に、個人の状態がどういう状態なのかを考えます。個人一人ひとりが今、自分の事を考えています。個人一人ひとりは今、自分の事を悩んでいます。個人一人ひとりは今、自分の事を喜び、そして自分の事に怒り、自分の事で哀しみ、自分の事で楽しんでいます。

自分の事の幸せを追求し、自分の成功に関心を持ち、そして自分が平和であろうとしますし、自分が感動すれば良いですし、とにかく自分の事を考えております。

それを推奨し推進する主義主張が個人主義ですし、その様な個人を大量生産する教育であり経済であり政治です。

自分の事を悩んでいる事を突き進みますと、その分だけ協力関係が難しくなります。その様な難しい中でも、ご家族ご家庭を立派に築き上げられました。部下一人ひとりを成功に導いてあげました。成功の経験を持っているあなたです。

一体どうしてそれが出来たのでしょうか?

あなたは、自分の事を悩まなかったのでしょう。自分の事だけを考えていたのではないのでしょう。自分の事だけを考えていては、自分の事だけを悩む人たちとは話をする事が本当に難しいです。

周りにいる人たちが皆んな自分の事を考えています。自分の事を考えている人たちとチームを組むあなたです。

あなたは、どんなあなたでしょうか?
自分の事を考えなかったハズです。

自分の事を考えないあなた。
自分の事を悩まないあなた。

その様な事を悪いイメージで捉える方もいらっしゃるかも知れませんが、ここでは前向きで良好なイメージとして解釈したいです。自分の事を悩まないからこそ、そのチームを築く事が出来ました。自分の事を悩まないという事の人間力の高さに着目したいです。

今の時代ですと悩むのが普通です。

自分の事の幸せを追及をして何が悪いのでしょうか?それを推奨する教育、経済、政治ですし、周りは皆んなその様な個人で溢れています。

その中にあって、協力関係や生産性の高いチームを作るべく、自分の事を悩まない人間関係を作る人間力の高さを素晴らしいと思います。

私のブログでは人生や使命を考える機会が多い記事ですが、引き続き、この件について書き綴りたいと思います。

有り難うございました。

2018年4月5日木曜日

協力関係を築く人の美しさ

見て下さって嬉しいです。
昨日の記事に続きます。


その様な現象が沢山起きている中で、家族家庭をまとめるのが難しく、学校や教育の環境であったりクラスの中でもまとまるのが難しいですし、会社の中で言えば、部の中でもそうですし課の中でもそうですし、まとまるのが難しいんですね。

会社の中でもそうですが、会社と会社の間の連携もありますから、会社の外との関係も問われます。会社同士がまとまる事も難しいんですね。

地域共同体も、地域として共同体を築くのが難しいですし、共同体の機能が低下する一方です。

国家の中でまとまる事も難しいですね。政治家と国民一人ひとりの間も希薄になっていく一方で、個人一人ひとりは政治に期待しなくなっています。

国家間のまとまりに関しては言うまでもありません。未だに戦争や紛争をしている地域もありますし、戦争をしていなくとも、意識下で戦争している国家間の状態です。

共同体を作るのは難しいです。この様な背景で、新たに共同体を作る事は本当に難しいです。この様な時代背景の中で、新たに共同体を作ろうとすれば、或いは新たにチームを作ろうとすれば、どうすれば良いでしょうか?


時代を遡りますと個人主義によって起きている今の現象ですから、その前に戻れば良いのでしょうか?

その前の時代は、全体主義と言います。王様を中心としまして、より強い国家であろうとするリーダーシップですね。

今の様な選挙はありません。

全体主義。
王様が全体を担います。

戻れば良さそうでしょうか?
とても戻れません。

人間は進化していたいですし、文明も常に前に前進していたいものです。過去の良さを次に生かす事は出来ますが、生かすための過去であって、過去に戻るための過去ではありません。

今はもう元に戻る事は出来ません。

今はどういう時期でしょうか?

全体主義でも難しい。
個人主義でも難しい。

その狭間にありながら、全体的な共同体のムードが破壊され続く中で、益々個人が協力するのが難しいという、時期に入っています。

一方で、人間は社会性のある生き物です。
生きるには個人は協力せねばなりません。

私が何を申し上げたかったかと申しますと、小規模であっても大規模であっても、非常に今、協力関係や団結を作るのが難しいという事でした。その中で、あなたが今までの成功体験やその経験を生かして、それまで以上のチームを作ろうとするのでありましたら、それは本当に凄い事ですし比類なき価値ですから私は本当に協力を惜しみません。

寧ろ一緒に作りたいとさえ思っています。引き続き、この件について語りえたらと思います。


いつも読んで頂いて有り難うございます。

2018年4月4日水曜日

今の時代、協力関係を築く事が難しい

ご家庭や会社の中でチームを成功に導かれた方に相性の良い記事です。そんなあなたが心から望んでいるのは、その経験を生かして、前の時以上のチームを作る事です。その想いの熱さや心の熱さに送るメッセージであれば良いなと島崎は思っています。

今の時代は、個人が強くて人と人とが協力する事が難しいです。個人主義という話に触れました記事がありますし、後日にも詳しく触れます。

歴史を遡りますとよく見えてくる事があります。

今の時代をよく見てみますとアメリカが世界をリードしている事が伺えます。教育も経済も政治にしましても外交関係も全てアメリカが世界をリードしています。

そのアメリカを生まれる様にさせているのは西洋の文明です。フランス市民革命が代表的でして、西洋のルネッサンスに端を発しています。日本の至る所を見ましても、西洋の文化文明が沢山あります。

フランス市民革命が何をやったのかという事を想いますと、王様中心のライフスタイルから個人中心のライフスタイルへと移動させました。

個人が中心の時代に移行します。

その時をキッカケにして、それまでと、それからを分ける様にさせている大事件と言えます。そして時は下り今の時代に至っていますが、今のこのアメリカ西洋を中心とするライフスタイルは、この日本を含めまして、非常に個人が強くなっています。

それを良しとする教育であり、経済であり、政治でした。ですから、その事を加速させていった中で、今の時代と、個人一人ひとりの現状があります。

フランス市民革命に始まる話です。
ですから今はどうでしょうか?

この日本にも、明治・大正・昭和と個人主義がどんどん広まってきまして、ニュースを見ますとここ近年増加しております、親が子を殺し、子が親を殺すという事件がありますね。これは時代が荒れている時に多発する現象なんだそうです。

今の話は家庭環境です。

学校は如何でしょうか?

先生が生徒をバカにして、生徒も先生をバカにします。バカにするどころではなくて、お互いに暴言を吐きます。言葉の暴力に留まらず、先生から生徒であれば体罰、生徒から先生であればイジメですし、その様な暴行や暴力があります。

教育の現場も今は正常ではなく健全健康には成り立っていません。

それだけではありません。

あなた自身は経験されたかどうか分かりませんが身の回りに起こる事を聞く事は多くあろうかと思います次の出来事。

上司が部下について思う事。
部下が上司について思う事。

如何でしょうか?

お互いが、各々の立場で陰で悪口を言っています。部下が上司に対して堂々と目の前で対面で罵る事は無さそうですが上司から部下に対しては非常に分かりやすく、罵りがあったり過剰な叱責と共にイジメであるかの様な環境があります。

会社としてチームとしてまとまりません。

フランス市民革命に始まる個人主義が行き過ぎたその果てはどうなりますでしょうか?次の様に言えます。実は個人主義の結果、それこそが今です。

目を通して頂いて有り難うございます。明日の記事に続きます。良かったら明日の記事もご覧になって下さい。

2018年4月3日火曜日

協力関係を築く事に成功したら。あなたは次に

私のブログを継続して見て頂いている方は、人生や使命に関心の多い方ですが、その中でも本日の記事は、ご家庭や会社で一定の成功を収められた方に響く内容です。


今までの経験を生かして今からは、家族以上の、或いは部下たちのチーム以上の組織共同体を作ろうとされている方に相性の良い記事です。

今は、個人主義で協力関係や団結を図るのはとても難しい時代です。チームを作るのが難しいです。

地域も、共同体が壊れています。学校でも、会社でも、難しいです。人と人とが協力する事が本当に難しいです。

その中で、今までの経験を生かして、その時以上の生産性が高いチームと、人格の優れた人たちを輩出する中心にあなたが居ようと思えば、一体どの様なあなたなのでしょうか?

以前、協力関係を築く事に成功しているあなたは、自分の事を悩んでいないあなただった事でしょう。今からは、その時以上に自分の事を悩まない姿勢と、そして決断や覚悟が必要であろうかと思います。


ですが、如何でしょうか?

それだけでは足りないと思いませんか?かつての組織を上回るものを作ろうと思えば、まだ何か必要な気がしているのでしたら未来は見えてくると思います。

それはこうです。

あなたの身の周りに、あなたと同等か、それ以上に自分の事を悩まない人を増やしていく事が大事です。

あなた一人が自分の事を悩まないのではなく、あなたの周りにいる身近な人は全て、自分の事を悩まなくなっていきます。

自分の事を悩まない人たち同士が、協力関係を築き、自分の事を悩む人たち同士の協力関係とは比べる事の出来ない生産性の高さを多くの人に確認してもらいます。

歴史上に無かった組織共同体です。

自分の事を悩まない人を自らの周りに生み増やしていくという事を、既に実践されている方々は、この日本に増えてきました。福岡市にもいますし、日本であれば福岡市以外にも増えていますので、是非探してみて下さい。

その実践モデルは、すごく美しいです。自分の事を悩まない人を身近に増やしていく人。この記事を見ているあなたは是非、その様な人物と出会って下さい。強く、お勧めします。

今後、私のブログでは実践モデルの人たちの片鱗を垣間見れる記事を意識して書き残していきますので是非、他の記事もご覧になりながらご自身のヒントとなさって下さい。

あなたには、次の仕事があります。

2018年4月2日月曜日

協力が難しい時代に家庭を築き部下を育成する人間力

本記事は、次の様な方に相性が良い記事です。

・家族、家庭を築かれた方
息子、娘を育てて社会人にさせた。立派な社会人として、見送った。

・部下をお持ちの方
部下たちのチームワークで生産性の高いものをもたらしてくれるまでに育成する事に成功した。

宜しくお願いします。


その様なあなたは、次に思うことがあろうかと思います。きっとそれは、その成功経験や成功体験を生かして、その時以上の協力関係を築こうとする意欲がある事でしょう。家庭家族における絆や生産性の高いチームを築き上げる事に成功したあなたは、その時を上回る生産性の高さと、構成員メンバー皆んながみんな人格に秀でている様な、新たなチームを作りあげる意欲があります。

それだけではありません。

その人たちの関係性や場を見ますと、他の誰もが皆んな憧れるというモデル的な存在たちに溢れていまして、その様なグループを作ろうとされているかと思います。

形として明確ではありません。
胸の内に熱い思いがあります。

私、島崎はそういう方々がとても大好きで、常日頃からお話したいと思っています。そして、とても尊敬しています。

何故かを書き綴ります。

今は、どういう時代でしょうか?

別の記事で後日に詳しく取り上げますが、今の時代は個人主義の極地に当たります。

個が強いですね。一人ひとり、個人がとても強い時代です。個人が強いと次に何が起きますでしょうか?

チームが組めなくなります。

協力が難しい。
団結が難しい。

一つのまとまった生命体として機能する事が難しくなってきます。本当に難しいんです。

その難しさを、あなたはどうにかこうにか超えてきています。家族、ご家庭の中で超えてきました。それから、部下を育成する中で超えてきました。家族でも会社の中でも協力する事が難しい時代です。

皆んな、とても忙しい。
自分の事に必死です。
自分の事を悩みます。

その中にあって、あなたは色んな対策を講じてきたと思うのですが、成功されているという事、そしてその体験経験をお持ちという事は、きっとあなたは自分の事を悩んでいない状態ではないでしょうか?

あなたは、自分の事を悩まず、周りの事を代わりに悩んであげました。あなたは自分の事が、心配の対象にはなりませんでした。

この事によって築いてきた協力関係や団結、そしてチームワークというのは、今の時代は共同体が破壊されている中にありますので、希望の共同体だと言えます。希望の共同体をあなたの範囲なりかも知れませんが十分に作り上げた事になります。

本当に素晴らしい事です。
極めて難しいからです。

その難しさに応じてきたあなたの人間力の高さが為し得たのであり、そしてそれがとても素晴らしいんですね。それ故に冒頭に申し上げました「そういう方を尊敬する」「その方とお話したいと思っています」と書き綴りたくなります。

別の記事に続きます。
ありがとうございました。

2018年4月1日日曜日

劉備玄徳を好きになる前と好きになる後

私、島崎は、劉備玄徳のやってきている事を見ます。島崎が見るのですから、体人間島崎の方向を基点として見ます。やっている事1、そしてやっている事2、そしてやっている事3という様にです。


例えば、やっている事1として桃園の誓いをやります。次に、やっている事2として三顧の礼をやります。そして、やっている事3としては建国をやります。劉備玄徳は、蜀という国が無かった時代から、蜀という時代がある建国をやっています。魏呉蜀という三国が確立するのですが、その内の蜀という国ですね。

やっている事の一つひとつが積み重なって、結果として島崎に映る彼の生き方に対して、「あぁ好きだなぁ」という好感度の高さが積み上がってきます時に、ようやく「どんな人なのか?」という関心が島崎に起こります。

「これが、劉備玄徳か」

と島崎が分かってからは早いです。

私、島崎から見まして劉備玄徳が大好きであるという事が分かる時、そしてその事が腑に落ちる時は、その次からはどうなるかと言いますと、「劉備玄徳は次に何をするのだろうか?」という様に関心どころが逆転します。それが次のイメージ図です。


劉備玄徳がやってきている事を好きな島崎と、島崎が劉備玄徳を好きになった絵
イメージ図「矢印が変わる」




劉備玄徳がやっている事、それが同じ桃園の誓いでありましても、島崎の方から見る桃園の誓いではなくて劉備玄徳側から見る桃園の誓いという様になります。

彼自身に関心を持つようになってからは見方が変わります。見ている立ち位置、見ている方向が変わります。

関心を持っている彼がやっている事一つひとつに関心を持つ様になります。数学的な表記を借りますと、

①>②

の様に表現できるかと思います。当時の私はいつしか人に関心を持つ様になっていて、そこからやっている事一つひとつに感情を移入させながら、やがては「あぁ、あんな劉備玄徳の様になりたい」とまで島崎の場合は思いました。

そこから彼が何をやっているのか、どんな事が出来るのか、島崎にも出来るのだろうか、など、そこまで私は変化してしまいます。


振り返ります。

大好きだと気付くのは後の方です。そして、人物を知るキッカケは生き方の方です。そして、ひっくり返るんですね、やっている事と人物というのが。

もう気付かれたかと思います。昨日の記事の冒頭に触れておりました

「大好きな人物だと気付くのは後」
「人物を知るキッカケは生き方。何をやったのか」
「ひっくり返るんですね。やっている事と人物というのが」

の事です。そして、①<②が①>②へと優先順位が変化している事を指しています。

その意味で再度、強調したい事。

私、島崎が重要視しているのは、①どんな人になって、の方です。ただキッカケは、②何をやっているのか、です。

昨日に続き、人の持つ影響の何たるかについて触れた記事にしました。別の記事に続きます。

いつも見て頂いて有り難うございます。
ぜひ、別の記事もご覧下さい。