2018年9月29日土曜日

人間五感覚脳の認識のクセが働くとき、その条件で体験できない事とは何でしょうか?

人間は、条件の下で自由に動きますよね。

例えば、人間は地球重力という条件の下で自由に動きますから基本的に高さに向かう動きは自由が制限されています。空を飛ぶ事が出来ない様に、です。

ここでいう人間というのは、共通の個人についてお伝えしている事なので、人間であれば誰もが皆んなに該当する話です。

その条件を擬似的にでも(或いは条件に対するof,by,forを理解している人にとっては本当に)解除するには、道具を使う事で自由度を高めます。

道具は素晴らしいです。

道具の素晴らしさについては別の記事に任せる事にしまして、ここでは条件の下で自由に動くという話を前に進めたいと思います。

タイトルに迫ります。

人間であれば働いている条件は、人間五感覚脳の認識に依存しているという点ですから、人間五感覚脳の認識に働いているクセから大きな影響を受けます。

人間五感覚脳の認識のクセは何でしたでしょうか?4つを振り返りますと、


  1. 部分だけをとる
  2. 違いだけをとる
  3. 過去のイメージとつなげてとる
  4. 有限化させてとる


でしたから、この条件の下では自由に動く事ができます。動く内容は、体を動かすという話に限らず、言葉を使ったり、喋ったり、考えたり、感じたり、気付いたりする諸々の人間としての活動を指します。

認識のクセ4つがこの様に働くのですから、認識のクセ4つが働く限りは体験できない事が浮き彫りになってくるのではないでしょうか?

少なくとも4つはありそうです。


  1. 全体をとる事ができない
  2. 共通をとる事ができない
  3. 今ここをみる事ができない
  4. 無限をとる事ができない


如何でしょうか?

何だ?そんな事は当たり前じゃないか、と思われる方も沢山いらっしゃるかも知れません。

最初は島崎もそう思いました。

ですが、この事を、その様にさせている原理や仕組みなども抱き合せて整理整頓している上で、当たり前じゃないかというのと、原理や仕組みなどと関係なく、ただ現象として思うだとか、体感として思うだとか、結果だけを見ただとか、それらとは全く次元が違うんだという事に気付くには少々時間がかかりました。

皆さんには、是非その不要な時間をかけず、原理や仕組みによる現象の理解という点に関心を寄せて頂けたら、島崎が経験した不毛な苦悩などはスッと通り越して高尚な悩みや課題に向き合えるんじゃないかと思います。

原理や仕組みなどに裏打ちされた整理整頓。

それによると、脳の認識のクセ4つが働く限りは、人間は全体も、共通も、今ここも、無限も、とる事が出来ない為に見る事も思う事も触れる事も出来ません。

ちょっと残念な気がするかも知れませんね。

人間五感覚脳による認識にはどの様な特徴があるのだと思いますか?

どこから観ているのかという自分の立ち位置の事を観点と言います。人間であれば、人間が自分の立ち位置をどこから観ているのかと言いますと、人間の五感覚脳においていて、誰もが皆んな、そこから見ています。

人間として、見える世界を見ているのですが、カエルやヘビから見たときには人間が見る様には見ません。それは少し考えればわかる事ですが何故か人間は、自分たちが見ている姿のままの富士山を、カエルもヘビも見ていると信じていますし、自分たちが見ている姿のままの花や水や光を、カエルもヘビもその様に見ていると信じています。

ですが、それはあくまでも人間の五感覚脳を通してみた世界にすぎません。

カエルはカエルが見る世界があり、
ヘビはヘビが見る世界があり、

そして人間には人間が見る世界があります。

それでは、人間の五感覚脳による認識にはどの様な特徴があるのでしょうか?普段、皆さんの周りでその様な事を考えれるという方は非常に少ないのではないかと思います。

しかし近年、脳に関心を持つ人は増えていますね。

人間五感覚脳の認識には4つのクセがあります。そのクセは、


  1. 部分だけをとる
  2. 違いだけをとる
  3. 過去のイメージとつなげてとる
  4. 有限化させてとる


です。

客が泣いてもいないのに

企画運営してたイベントの反省会の事です。

イベントによっては感動する事ってありますよね。企画する側にも感動する事はよくある事です。

企画する側にとっては、来てくれるお客さんが感動してくれる事、涙を流してくれる事というのはとても嬉しい事ですし、新たな原動力として備わる時でもあります。

あるイベントの事ですが、企画側でもある出演者が登壇中に涙を流した事がありました。

その反省会での事。
同じ企画側であるNohさん。

そのNohさんの一言が印象に残ります。

「出演者が登壇中に泣くのは違う。一流ではない。もし泣くのだとしても、お客さんが泣いてくれた時。お客さんが泣いてない中で泣くのは一流ではない」

まだまだ、この体だけが自分だと思う観念が強い頃でしたので、Nohさんの真意や本意を当時、どこまで掴んでいたのかは怪しいですが、今振り返ってみても、とても印象的な言葉でした。

そうなのか!
その様な観点もあるのか、と。

当時の島崎には、感動で涙を流す事は人間らしい行為であり、好感が持てたものですから余計に衝撃でした。

企画には、


  • 問題意識
  • ビジョン
  • 価値


を提供したい想いがありました。

そして、来てくれているお客さんにも同様に、問題意識がありますし、ビジョンがあるでしょうし、感じる価値がありますね。

お互いの問題意識やビジョンや価値において共有や共感が起きているのか、その事に当時は関心が弱かった私にとって、Nohさんのこの発言は衝撃でした。

それと同時に、

来てくれている人と共に作り上げるのが本当の企画でありイベントなんだと深く刺さりました。

その後、Nohさんが前に立つ時には、そうした観点からもNohさんを見る機会が増えましたが、その観点から見て彼は本当に一流だと思います。

来場者と共に創る場というのは本当に難しいです。その人がどんな人なのか分からないですし、観点の問題が常につきまとうからです。

その点、Nohさんのセミナーや講演は、とてもリズミカルで呼吸の様に自然に流れるものがあります。局所的に生まれる違和感はもちろんありますが、そうした違和感を道具にして感動へと変えてしまうんですね。

どんな現場でも、あんな風でいたいと思います。

いつも読んで下さってありがとうございます。宜しければ別の記事もお読みください。

衝撃!鬱を日本の良さで観る

Nohさんが出演しているトークライブに参加したときの事です。来場者からの質問で、「鬱の人をどう思うか?」というものがありました。10年以上も前の事でしたので、質問者自体が鬱だったからの質問なのか、質問した背景はどういう事だったのかまでの正確な記憶がないのですが、

人類が観察する際に使う道具とは?

よく観察するには、まずは目がありそうですね。目をよく使いそうです。そして、耳ですね。あらん限りの感覚機能をもって観察しようとします。

そうしながら、

自然環境の脅威と動物の猛威の前に人類は?

人類として誕生してきたばかりの人間たち、その頃の原始人たちはどの様にして生きてきたのでしょうか?

動物たちの猛威や、
自然環境の脅威が、

不安や恐れとなって委縮する事も多かったろうと思いますし、生きていく上では、

2018年9月27日木曜日

原始人たちの関心ごと。何を敵と認識するか?

島崎が原始人となって、
原始時代に居たとします。

そこにはヘビもいますし、ワニもいますし、クマもいますし、サソリもいますし、他にも沢山の動物たちがいます。多種多様な機能を体に付けています。

あなたも宜しければ是非、
このシミュレーションに、
お付き合い下さい。

植物は安心かと言いますと、幻覚を見せられたり、呼吸困難を起こしたり、死に至る場合もあります。お腹を下すだけで済むなら有り難いかも知れません。

自然環境は、そこに必ず安心の水がある訳でもありませんし、食べ物がどこにあるのかも分かりません。人間は、何を食べれば良いのかすらも分からない状態です。

現代の様に、機能性高い衣類がある訳でも冷暖房の道具がある訳でもありませんから、寒いときは異常に寒くて死に至りますし、暑いときも異常に暑くて死に至ります。寒暖においての苦痛もさる事ながら、同時に飲食の問題が常に付きまといます。

夜になると暗くなりますが、なぜ暗くなるのかも分かりませんし、寝ている間に動物や自然環境が人間を襲わないかというとそんな事はありません。

皆さんは、安心して寝れる環境だと思いますか?蚊が飛んでくるだけでも鬱陶しいと思う現代から見ますと、原始人として生きている当時の夜はどのくらい安心できない環境でしょうか?

また、雷や嵐に見舞われたり、吹雪や津波や川の氾濫が起きたり、火山や地震に大きく揺り動かされたり、時々ではあるのでしょうけど、隕石が落ちてきたり日食が起こると昼間なのに辺りが真っ暗になりますし超新星爆発が起こると夜であっても非常に明るい光が天を照らします。

それら一切が全く分かりません。
怖くて不安になりそうです。

一体、何が味方で、何が敵なのかも、よく分かりません。原始人の頃、味方は何だったのでしょうか?敵は何だったのでしょうか?

それもよく分かりません。
人類として誕生したばかりの人間。

原始人たちは、本当に分からない事だらけです。

そんな原始人たちの関心ごとは何だったと思いますか?その関心ごとに想いを巡らせてみる事は、人生というゲームを理解したり、人間という存在を理解する上で重要です。

原始人たちの関心ごとに心を寄せてみましょう。

人類誕生の頃の人間の海

原始人たちの環境を一緒にイメージしてみましょう。

野生極まりないトラと、島崎が闘うとします。島崎は、何も道具を使わないのだとすると闘いの場ではトラにはとても叶いません。また、島崎には協力する人が誰一人もいない場合は、これも闘いの場ではトラにはとても叶いません。

なぜ闘いの場になるかと言いますと、野生極まりないトラやライオンたちから見れば、身体能力が劣るという意味でとても非力な人間は食糧の対象となるからです。

トラやライオンが襲ってきます。
自分たちの食糧とする為に。

人間は、闘いたくないとは言っておれず、自分たちの命を脅かす存在たちが沢山いる環境を想像してみて下さい。原始人たちの環境を一緒にイメージしてみましょう。

将棋では、名人のタイトルを持つのは狭き道です

将棋には8つのタイトルがあります。

そのうちの一つに名人というのがあります。将棋では、名人というとよく扱われている表現でもあるからか、とてつもなく強くて皆んなが認める人なんだろうなーという想像には難くないかと思います。

ですが、どのくらい強いのだとか、どうして皆んなが認めるのだろうかとか、そこまでをイメージしようとすると、気が遠くなるほどの集中を要するかも知れません。

どの世界も、
プロは厳しいです。

それはその通りで、
将棋の名人という位も厳しい。

そんな名人になるまでの狭き道、狭き門とはどの様なものだと思いますか?あまり考える機会はないかも知れませんが、これは、皆さんの人生ごととして名人までの道のりというものを想像してみると、何だかとても神聖な気持ちというか荘厳で偉大な勝負である事を身近に感じれるかと思います。

その様な一大イベントが、2020年東京オリンピックと同時並行にして行われます。人間の挑戦を舞台とした美しい姿が、全世界に感動と衝撃を迸らせます。

将棋のタイトル戦のうち、
名人戦のイメージを借りました。

フッと、何かが気になった方はぜひ調べてみて下さい。名人になるまでの道のりを。そして考えてみて下さい。その狭き門を通過しようとする人間たちの想像を絶するチャレンジと美しさを。

普段は意識することがない向き合う相手

そして、冷暖房や機能性の高い衣類もない当時は、気候としましても、食環境としましても、非力な人間には厳しい環境として存在しています。

寒いし、暑いし、水はないし、食べ物もない。
自然の脅威は非力な人間には厳しいです。

そんな自然の脅威と動物の猛威の前にさらされているのが人類として誕生してきたばかりの人間です。動物や自然が用意してくる機能性についていける様な能力は体には備えていません。

そんな人間でした。

現代にあっても、私たちは普段は何と向き合っているのかだとか、どんなゲームをしているのかだとかを考える機会はほとんどありません。

人類として誕生してきた人間を取り巻く環境、そして原始人たちが向き合ってきた相手を考える機会は更に少ないでしょう。

原始人たちが向き合う相手。
それは動物と自然環境。

猛威と脅威が厳しく襲いかかる。
そんな相手でした。

当時の原始人たちは、どの様な感情を蓄積していたと思いますか?ぜひ、あなたも原始人になってみて、一緒に考えてみて下さい。

人間のゲームがどういうものかが分かるかも知れません。今日も読んで下さってありがとうございました。

人類として誕生してきたばかりの人間

人生とはどのようなゲームなのでしょうか?

そして、人類として誕生してきたばかりの人間が参加した人生のゲームとはどのようなものであったのでしょうか?

それは、人類として誕生したばかりの原始人の生きる環境がどのようなものであったのかを想像することで迫れるかと思います。

そして、普段は意識することのない向き合う相手というものも見えてくるかと思います。

人類として誕生したばかりは、

人間とは比較にならない強さを体にもって、非力な人間よりも機能性に優れた能力で存在しています。何もしないなら、人間に太刀打ちできる相手ではありません。動物は凄まじい猛威で人間に迫ってきます。

動物園にいるそれとは違って、野生バリバリのトラやライオンたちが歩いています。

将棋のお話。タイトルについて

将棋の世界には、八大タイトルというのがあります。そのうちの名人戦というタイトルは織田信長のときに初めて執り行われたと言われています(ウィキペディアによります)。

八大タイトルには、

Nohさんの第一印象

皆さんの、Nohさんの第一印象はどの様なものでしたか?会われた方にしろ、会われいない方にしろ、Nohさんに対する何かしらのイメージを持たれている方とお話ししてみたいと思う最近です。

島崎は、Nohさんの第一印象は悪かったです。

ヘラヘラしたおっさんにしか見えませんでした。そのヘラヘラしたおっさんが、

観点の問題に向き合う。万物の理論は活用する時代

本ブログのタイトル「宇宙一美しい奇跡の数式」に続く記事です。最先端の宇宙物理学や数学に触れた事のある方、そして今ここの生き方、今ここの意思決定を上昇させたいという意志意欲の高い方に相性の良い記事となります。

Noh Jesu著書「宇宙一美しい奇跡の数式 0=∞=1」に触れた記事です。

著者のNohさんは、

宇宙一美しい奇跡の数式~0=∞=1~

今日は、今までに無い角度からの記事です。宇宙物理学など最先端の物理科学や最先端の数学に触れた事がある方には特に相性の良い記事です。また、今ここの生き方、今ここの意思決定を上昇させたいという意志意欲の高い方にも遠い様に見えて実は相性の良い記事となるでしょう。


2018年9月26日水曜日

AI(人工知能)時代による思考力低下はどこまで続くのでしょうか?

今からは、AI(人工知能)は勿論、IoT(Internet of Things)が流行りますから、全てのモノがインターネットに繋がり、全てのモノやインターネット上にAIが登場してきます。

自分で考えなくとも良い状況が、身近に溢れてきますから思考力低下について言えば、考える機会が加速度的に無くなっていくことが容易に想像されます。

実際、人間が考えるよりも先にAIが考えたり、人間が知っているよりも多くの事を正確にAIが知っていたりするものです。

AIに頼る方が極めて便利で、
自分で考える方が生産性に劣る。

この傾向は続きますが、
どこまでいくのでしょうか?

インターネット社会による思考力低下はどこまで続くのでしょうか?

インターネットが登場して、社会で生きる上でなくてはならないものの一つになってから随分と経ちました。

インターネットが無かった時では考えられない様な事を、いとも簡単に為し得てしまうインターネットですから、人間にとって価値ある道具の一つだったのでしょう。

ですが、あらゆる道具は、その道具の持ち得る意思と、道具開発者の意思とは裏腹に、別領域の問題をしばしば引き起こします。

道具を使い過ぎる事で、人間そのものの機能が低下してしまったという話などもそれですね。道具に頼る事で体が弱くなるとかですね。電卓に頼ると計算力が落ちるですとか、文字変換機能に頼ると漢字の読み書きが弱くなるですとか、それらも同様です。

インターネットが人間にもたらしたものの一つとして、人間の思考力の低下があげられるかと思います。若者の思考力低下を取り上げる方も多いですが、若者のみならず人間であれば思考力が低下する一因になる傾向がある様ですね。

思考力の低下はこの先、
どこまで続くと思いますか?

今は、AI(人工知能)までが登場しています。

いつも読んで頂いて有り難うございます。宜しければ別の記事も読んで行って下さい。

Nohさんはどんな人ですか?

島崎はNoh Jesuが大好きです。
親しいのでNohさんと呼びます。

「Nohさんはどんな人ですか?」と尋ねられた時に、一番困るかも知れません。Nohさんは、こんな人という様に表現する事が難しいからです。

こんな人、という様に表現できない訳ではありません。ただ、表現したとして、しかしそれでNohさんがどんな人だと伝えた事になるのかというと違いますし、また自分でも表現した事でスッキリするかと言いますとそれも違うんですね。

彼と接してみると分かります。

彼は、

2018年9月25日火曜日

人生の始まりを遡り人類の始まりを遡る

人生の始まりを考えます。

この体をもって生まれた命。命の誕生の頃を遡る事が人生の始まりを思い起こす事ですね。

そして人間は、一人で生きれません。

誕生したら必ず生きる上での環境があります。多くの場合、それはお母さんやお父さんではないでしょうか?

人生はゲーム。人類最初のゲームとは?

あなたはゲームをした事があるかと思います。ここで言うゲームというのは、ゲームらしいゲームだけでなくて、遊びもゲームの内に入ります。

トランプや花札。
けまりやメンコ。

野球やサッカーの様なスポーツや絵や歌などもゲームとして捉えるくらいの広義の意味合いだと捉えてみて下さい。

ゲームは楽しかったですか?
今もゲームは楽しいですか?

好きなゲームや得意なゲームをしている時のあなたは、どの様な気持ちですか?

人生をゲームで見立てます。

人生はゲームの様なものです。
ゲームとして楽しみます。

人生の始まりの頃はどの様なゲームであったのかをイメージすることは自分にも繋がって大きな一歩を手にします。

人生の始まりを知る。
ゲームをイメージ出来ます。

人類として誕生してきた人間、私たちから見たら原始人と呼んでいる人たちですし、人類として登場していた一番最初のお母さん、お父さんと言うべき存在です。

その頃は、一体どの様なゲームだったのでしょうか?そして、生きる環境はどの様な環境だったのだと思いますか?

いつもお読み下さり有り難うございます。
宜しければ他の記事もお読みください。

人生はゲームの様なもの

人生とは何か?
生きるとはどういう事なのか?

答えが無いかに思える質問です。

ただ、質問の質に応じて、質問の答えはやってきます。安易に答えを探すよりも、その質問と仲良くなり、質問を抱き続ける事の方が良い事が沢山あります。

本記事では、質問の答えというよりも、更なる質問と答えに進み得るヒントに触れようと思います。

違う角度から質問。人生とは何か?

人間でしたら、誰もが皆んな、人生を実り豊かに幸せで過ごしたいと思っている事でしょう。意識せずとも無意識的にその様に思っています。

ところが、観れば見る程に現実は違って見えます。その様な光景ばかりを新聞やニュースで確認しますと、一体人生はどの様に楽しめるのだろうかと疑問が湧いてくるかも知れません。

そうした疑問に対して、
別の角度から投げたい疑問。

人生を実り豊かにする実践には思えない日々

人生を楽しみたいと、
多くの人は思っています。

普段は意識していないだけで、無意識までを含めたら皆んながみんな本当は、人生を楽しみたいと思っている事でしょう。

そう思っている人たちの日常は、そんな人生を謳歌しようと実現に向かい日々を過ごしている事かと思います。毎日毎日が、人生を実り豊かに過ごせる様に日々を繰り返している事でしょう。

ところが一方では。

人間であれば誰もが皆んな人生を楽しみたいと思っている

人間として生まれて来て、人生を送る上で幸せで豊かであれば良いなぁと誰もが皆んな思うかと思います。

お父さんもお母さんも、
息子も娘も、
先生もお友だちも、
部下も上司も、
隣の隣にいる人も、
見知らぬ人も、

豊かな人生を送りたいと思っているかと思います。

平和で、感動があって、毎日毎日気付く事があって、誰もが皆んなその様な状態で、そして生きる事が楽しくて楽しくて堪らない日常でありたいと思っている人は多いかと思います。

一度しか無い人生。

その人生を楽しみたいと、
多くの人が思っています。

ですが、如何でしょうか?

観点の問題が解消されないから生きる意味が分からない

人間の人間らしい生き方をしない時、心が病気であり、生き方が病気であると言えます。今の時代、今からの日本では特にそうです。心の病気の原因は観点にあります。第二の人生を送ろうとする50歳を超えた方に送る本記事のタイトルは「観点の問題が解消されないから生きる意味が分からない」です。

次の様な方を意識して書いています。


  • 第二の人生を考えている方
  • 50歳を超えて天命を知りたい方
  • 人生に誠実な方
  • 人間らしい生き方をしたい方
  • 健全健康な生き方でありたい方



2018年9月24日月曜日

成就動機の奴隷で生きるか?問題意識の主人公となるか?

営業マンの心境とはどの様なものでしょうか?数多くの体験があろうかと思いますが、その内の億劫な気持ち、そして憂鬱な気持ちに焦点を当てた記事を書き綴ります。営業では、それが営業マンであろうと経営者であろうと、やる気にムラが起きたり、動こうにも動けなくなる時があります。

テーマは、「成就動機の奴隷で生きるか?問題意識の主人公となるか?」です。


2018年9月18日火曜日

人間のやる気はどこから来るのでしょうか?

生きている意味が分からない人間が増えています。存在意義や存在価値を堂々と語れる日本人は、非常に少数ではないでしょうか?AI(人工知能)の登場により益々、人間はやる気を無くしていきます。ところが、人間活動であれば何をするにしましても必要となるものがありまして、それこそやる気なのではないでしょうか?

本日のテーマは「人間のやる気はどこから来るのでしょうか?」です。

本ブログは次の様な方たちに相性が良いと思います。


  • 営業。部下である方
  • 営業。上司である方
  • 経営志向である方
  • 天命や使命を知りたい方



2018年9月15日土曜日

諦めてはいけません。部下は育てましょう

日本一の最高のチームを創る夢。その夢に向かい、営業チームではどんな人間であっても面倒を見ようとする上司。その一方で中々育たない部下を前にして諦めそうになる場面。

本日の記事は、以下の様な方に相性の良い記事となるでしょう。


  • 日本一のチームを創りたい方
  • どんな人も面倒みたい営業部長
  • 部下の育成に諦めそうな上司
  • 育成経験を生かしたい方


その様なあなたでしたら是非、ご自身を重ねながら読んで下されば嬉しく思います。本日のテーマは「諦めてはいけません。部下は育てましょう」です。


2018年9月13日木曜日

人間を殺したらダメな理由

人間を殺したら法律によって重い罪として裁かれます。法律だけでなく、社会的なペナルティであるかの様に、その人間性を厳しく非難批判され、居場所が無い状態に追い込まれます。

人間は殺してはいけません。
一体どうしてなのでしょうか?

本日のテーマ「人間を殺したらダメな理由」について、書き綴ります。


2018年9月12日水曜日

やる気が無い人間を相手にあなたはどうしますか?

やる気がある人間、モチベーションが高い人間がいる一方で、やる気がない人間、モチベーションが低い人間がいます。やる気やモチベーションは一体どこから来るのでしょうか?

本日は、やる気が出ない人間、そしてやる気を無くしていく人間の特徴について触れたいと思います。

2018年9月11日火曜日

人間のやる気が日に日に低下していく時代に

インターネットが登場し思考力が低下する人間が溢れています。更にはスマートフォンの登場で誰もが気軽に発信できる様になり情報量が爆発的に膨れ上がります。加えてAI(人工知能)まで出て来て、投資や経営判断などもAIに委ねる様になっています。

年々、日に日に、人間の存在意義や存在価値が低くなっており、やる気が生まれない人たちが大量に踏み増やされています。

本日のテーマは「人間のやる気が日に日に低下していく時代に」です。


2018年9月7日金曜日

病気の根源は観点。全ての病気は観点の不健康から

人生100年を生きる時代に突入しています。もし、あなたが60歳だとしますと、人生100年を前にして残り40年も生きる事になります。40年を生きるという事は10年が4回あるという意味ですし、20歳から60歳になった時間と同じ時間を今から経験するという意味です。

一般的には60歳ですと、定年の年ですし、第二の人生が始まるスタートラインです。

その時、気になる事は体の健康。
健全健康な生き方でありたい。

不健全不健康の理由とは何でしょうか?病気になる理由とは何でしょうか?そもそも、様々な病気として顔を出してくる究極の原因や病気の根源などは何でしょうか?

仕組みを通して理解する。
あなたは、その答えを持っていますか?

本日のテーマは、「病気の根源は観点。全ての病気は観点の不健康から」です。次の様な方たちを意識しながら書き綴っています。


  • 健全健康でありたい人
  • 安心して挑戦したい人
  • 仕組みや構造に関心がある人
  • 病気の根源を知りたい人
  • 第二の人生を生きる人