2018年2月18日日曜日

使命について考えるとき、考えの入り口を何においていますか?

この記事は、40代半ばから50代半ばの方に特に読んでいただきたい内容です。本ブログでは全般的に、人生や使命について触れることが多いですが、本記事では特に使命について書き綴りたいと思っています。

使命について考えるとき、あなたは、その考えの入り口を何においていますか?色んな切り口での考えがあろうかと思います。

本記事では、

ある人の生き方、
論語を入り口にします。



中国に孔子と言う方がいらっしゃいました。この人が、弟子たちに言ったことを紹介します。

「40歳では惑うことがなくなったよ」

今風にいえば、40歳になったらそわそわすることがなくなったよということでもありますし、戸惑うことがなくなったよ、囚われることがなくなったよということになるのでしょうか?

皆さんにおいてはどうでしょうか?

あなたがもし、45歳、48歳であれば、惑うことがないという時期に入っているのかも知れません。

それは、孔子を人間の生き方のモデルとするならば、40歳を超えて50歳が近くなってくると、惑うことがないような生き方になっていると、人間の模範であり生き方のモデルであると言えます。

そして孔子は言います。

「50歳になると天命を知ったよ」

あなたは、どうでしょうか?

使命に生きようとされているあなたは、45歳をまたいできますと、不惑、惑うことないということに加えまして、天命を知ることについても考える機会が増えてくるのではないかと推察します。

このことについて、引き続き書き綴っていこうと思います。良かったら、別の記事もご覧になってください。

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