テーマは使命です。この記事では、論語に出てくる「天命を知る」に触れながら、使命について考えてみたいと思います。一度で書ききれるものではありませんので別の記事と合わせて書き綴っております。
良かったら別の記事とも合わせてお読みください。
孔子自身の話ですね。
「50歳になると天命を知ったよ」
彼はそのように言います。
そこで考えます。
私たちはどうでしょうか?
あなたはどうですか?
あなたは、50歳になると天命を知ることになりますか?あなたが47歳であれば、あと3年経てば天命を知るでしょうか?あなたが53歳であれば、3年前に天命を知ったでしょうか?
本記事を読み、本ブログに関心を持たれている方は、まだ天命と出会われていない方だと思います。自分の使命とは何だろうかと追及する中で、天命とは一体なんだろうか、と探しているときに、本記事に少しばかりの興味を抱き、何か得られるかもしれないと思い、読まれている方だと思います。
孔子自身の話としては、
彼は50歳で天命を知ります。
そして、東洋では彼のような生き方は理想的な生き方だと見る傾向が少なからずありまして、経営者の方や、組織のリーダーの方を中心として好まれることが多いようです。
孔子を初めとして偉人たちは皆んな、人間不変の原理、宇宙自然の摂理を語りますね。彼も人間不変の原理を説こうとしています。
そんな意味合いからして、
人間は、50歳で天命を知るのでしょう。
しかし一方で、
こうも思いませんか?
天命を知ることが人間に起きることであるならば、それは本当に50歳という時、そのタイミングで知るものなのだろうか、と。そして、その50歳という年齢こそが普遍的な原理なのであろうか、と。
そして、
こうも思いませんか?
天命を知るのが早いほど、
より良い人生を築ける、と。
あなたは、どう思いますか?
50歳になると自動的に天命を知るようになると考えていますか?或いは、年齢に寄らず、自らの選択や意思決定によって天命を知ることに迫れると考えていますか?
私は思うのですが。
この記事を読んでくれているあなたは、きっと前者よりというよりも後者よりなのではないかと思っています。
なぜならば、
50歳になると自動的に天命を知るだろうと思っている方は、そもそも天命に関心が弱いでしょうし、本ブログと出会っても、詰まらなくて面白くないと感じるでしょう。検索などにもヒットしませんし関連づけされることがありませんので出会えないようになっています。
私自身は、自分の人生を天に任せるのは好きではありません。人生は自分で切り開くものです。そして使命についても、私自身が経験していること、人間が経験していることと、そう遠くないことから生まれるものとの確信があります。
惰性で生きている人生では天命とは出会えず、人生に誠実で、一生懸命に生きているところから天命との出会いは果たされるものだと思っています。
それだからこそ。
孔子その人が50歳で天命を知ったということをどう理解すれば良いのかについては別途、別の記事で深めていけたらと思っています。
少し長くなりましたが、読んで頂いてありがとうございました。よろしければ、別の記事にも寄っていって下さい。
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