いつも見て頂いてありがとうございます。本記事は、50歳を超えている方、若しくは50歳に迫ろうとする方にとって特に相性の良い内容になればと意識して書いたものです。
良かったら、読んでいって下さい。
あなたは何をやってきたのですか、と言われたときにすぐ答えることが出来ますか?
やっていることと言えば沢山ありますし、色んなことをやっていると思います。あなたが50歳であれば、50年間分もやってることがありますね。私は40歳ですので、40年間分もやってきていることがあります。
ただ、島崎は何をやってきたのかということを一言で表すことは結構にして難しいです。やっていることを表現するとか、名前をつけることは難しいです。やっていることはたくさんありますし。
一方で、歴史上の人物については、やっていることを何故か一言で、私たちは表現することが出来てしまいます。
例を挙げます。
三国志の劉備玄徳でいえば桃園の誓いというのをやりました。他にも彼は三顧の礼というのをやりました。
三国志というのは3つの国がありまして、魏という国と、呉という国と、蜀という国とがあります。
まだ、蜀という国がなかった頃がありますし、その頃から蜀という国を創るようになった経緯がありますが、そうした蜀という国を建てる建国を劉備玄徳はやりました。
私が大好きな劉備玄徳の話でしたが、皆さんにおいてはどうでしょうか?
皆さんの好きな偉人として、歴史上の人物に坂本龍馬があがるなら、坂本龍馬がやったことを挙げるとすれば何ですか?すぐに挙がることが一つ、二つはあるかと思います。
ですが、龍馬がやっていることはそれ以外にも沢山ありますよね。私が大好きな劉備玄徳も、桃園の誓いと三顧の礼と建国だけをやってきた人生ではありません。
そのように、
人生というのも、やっていることは沢山あるのですが、沢山あるのを全部ひっくるめて人生と言いたいですよね。何をやっているとか、どう生きているですとか。
人生を一言で表現することは難しいですが、やってきたことを誰か他の人や周りが見ますときにクローズアップしやすい結果について、その結果を後から振り返ったときには、
その他の人から見るときに、彼はこのようなことをやりましたね、彼女はこのようなことをやりましたね、ということが出来るのだと思います。
これも一つの評価と言えるとは思いませんか?
今日は、何をやってきたのかを自分で言うことは難しいことですが、第三者がそれを結果として見たときには、形ある分かりやすい何かに置き換えて表現されるという点について触れてみました。
ありがとうございます。
良かったら別の記事も見て行って下さい。
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