2018年2月24日土曜日

三国志の劉備玄徳に関心をもつまで

テーマは人生、使命ですが、本記事は人生について掘り下げてみたいと思います。

(人)どんな人間になって?
(生)何をやるのか?どう生きるのか?

別の記事にも触れていますが、私は三国志の劉備玄徳が大好きです。通常は、どんな人であるかに関心を持っていると思うのですが、一方でと言いますか実は、だいたいの場合は何をやるのか?ということを入り口にして関心を持ちますよね。

私自身の話を例とします。

私は、最初からは劉備玄徳という人は知りません。そして、名前も覚えられないんですね。漢字が難しいんです。昔の中国の人の名前ですし。

そして、初めて触れるとき、
劉備玄徳を知りません。

劉備玄徳という人は分からないのですが、三国志に触れていく中で、次第に彼のやっていることに関心をもつんですね。

そのようにして、私が劉備玄徳を好きになるエピソードというものに、桃園の誓いというのがあります。

ある三人の男たちが義理の兄弟になるというエピソードがあります。当時の義理の兄弟と言いますと、ある意味では家族以上に家族になるという意味ですね。

私は、そういうのが大好きです。

それから、有名な軍師である諸葛亮孔明を自分のところに招き入れるという三顧の礼というエピソードもあります。

桃園の誓いですとか、三顧の礼ですとか、彼のやっていることに私は関心をもつ訳です。彼のやっていることを私は結果として見る訳です。

如何でしょうか?

例えとして適切であったかは分かりませんが、この例のように、最初から人に関心をもつということよりも、何をやってきたのかというところに多くの人は関心を持つのではないでしょうか?

今日は、

人生のうちの生き方、あるいは何をやるか、もっと言いますと何をやってきたのか?という結果の部分に着目して人生について考えています。

見て頂いてありがとうございました。
別の記事に続きます。

ぜひ、そちらもご覧になって下さい。

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