島崎には、心が荒んでいる時期がありました。自分を含む人間を不信していました。自分に好感を抱いてくれた人にまで、「何か裏があるから親しげにしようとする」「騙されるな」という考えに溢れていました。
荒み期によって人間嫌いになります。
人間嫌いだと人生が楽しくありません。
楽しくない人生でありたいとまでは思っていない為に、自分の人生をこの様にさせた人間環境を嫌う様になります。
人間嫌いは、日本嫌いへと変化します。
人間をこの様にさせている原因は日本にあると思う様になっていました。日本は小さくて、アメリカや西洋の様々な国は大きくて生活が豊かだと思っていました。
人間不信であり自分を不信しているので、アメリカや西洋に対する良さを感じてはいても、この国を飛び出して海外で住むという考えには至りませんでした。
ハードルが高いと感じたからです。
荒み期が、日本を嫌いにさせました。
荒み期の前までは、日本を明るくしようと思っていました。この国を照らすあの星の様になると小学生の頃は言っていました。
期待や希望が反転した荒み期です。
荒み期は長く続くと思いました。
人生は面白くなく、このまま誰の役にも立たず、自分には価値が無いのだと思うに至る事件として、前職の整理解雇がありました。
どの様に生きれば良いのだろうか?
どうしていれば良かったのか?
一体こんな自分は何だったのか?
前職の環境は、島崎にとって悪い環境では無かった事と、ベンチャー企業に身を置く決心をした為に、整理解雇という結果は静かに受け止めます。
ただ、やり場の無い悔しさがあり、
遣る瀬無い想いがありました。
人間を不信し、日本を嫌いでいた結果でありましたし、更に日本を嫌いになっても良い出来事でした。
ところが、ずっと日本を嫌いで居続ける島崎ではありませんでした。つまり、アメリカや西洋に対する憧れや羨望の眼差しと共に、自分自身の劣等感や人間不信に終わりを告げる時が来ます。
それはある質問から始まります。
「この体だけが自分だと思ったら説明のつかない事が多いんじゃないですか?」
キョトンとする質問であり、
強く共感する質問でした。
この質問を手繰り寄せていく内に、島崎はこの人は生きる答えを知っているのではないかと思う様になります。
nTechという認識技術によって語られるその世界観は知的好奇心としても魅力がありましたし、嘗ては憧れていた日本を良くするビジョンとしても心ふるわせるものがありました。
nTechの神髄を彼から学ぼうとセミナーを受講しました。セミナーは小さい頃からの疑問を一つひとつ晴らしていき、気になっていた点と点は線として繋がっていくものですから、あらゆる点はやがては、線から面、そして立体へと組み上がっていきます。
その果てに独特な認識経験を得ます。
立体へと組み上がった数多くの点は、流動体としてリアルに変化変貌を遂げていき、やがてキレイに消失していきました。
これは例えの様な表現です。
例えではなく実際に起きた認識経験を語りますと、目を開けたまま、模様や形のある自分や自分の見ている宇宙は、その模様や形を残したままキレイに消えていきます。
それと同時に、本当の自分に出会います。
驚きの衝撃です。
とてつもない歓喜です。
本当の自分は、∞の可能性そのものでした。∞の可能性そのものから、この体を自分だと思う錯覚の自分と、その自分の見ている錯覚の宇宙を生み出している仕組みや構造がハッキリ見えました。
この独特な認識経験は、認識技術nTechによって得ましたが、技術ですので、誰でも、何度も、再現性を持って経験するもので、衝撃や歓喜はいつまでも、どこであっても、残り続けるものです。
よく、感動は一瞬間と言いますし、心はコロコロと変わると言いますが、それは錯覚の自分だから起きる現象なのであって、本当の自分、本当の心において起きている事ではないとハッキリ分かります。
本当の自分と出会うと次に、本当の日本と出会う様になります。この本当の日本というのがまた驚きの衝撃ととてつもない歓喜でした。
島崎は、日本を知らなかった。
人間は、日本を知らなかった。
その事が、よく分かります。
日本は、美しい。
日本は、素晴らしい。
日本は、キレイです。
日本は、感動です。
自分と自分の宇宙は実在しない。
その事から見えてくる日本。
いま、その日本が動いており、その日本が日に日に勢いを増しています。見る事は出来ないかも知れませんが、感じるセンスや気付くセンスの高い人は、何となく触れているかと思います。
驚きの日本。
感動の日本。
美しい日本。
あなたにも気付いて欲しい。
本当の日本に出会って下さい。
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