体人間として生きる無明無知と四苦八苦
独特な認識経験を得る前までの体人間であった頃の私として人生を振り返る時、その事を気持ちを前面にして一言で表現すると「さみしかった」の言葉に尽きるかも知れません。
私は、どう生きれば良いか分からなかったです。理不尽で不条理で可哀想な生き方をしてるなと振り返ります。どうすれば良いのかを知りたかったけど、長い間ずっとずっと知れませんでした。
結果的に孤独で寂しくなります。
母親から「友達を作りなさい」と言われる様になりました。私は友達が中々できませんでした。母親に聞いた事があります。「お母さん、お友達ってどうやったらいいの?」
母親は答えます。
「同じ事すればいいのよ」
私は、同じことをやりましたが、同じ事をやっても友達にはなれませんでした。
家に帰ると母親は聞きます。
私は答えます。
「お友だちは出来たの?」
「うん。」
「そう。良かった」
「どんな子なの?」
「・・・」
何と答えたのかよく覚えていません。母親の「どんな子なの?」っていう質問がとても辛かったです。
そして、次の日も外に遊びに行かなくてはなりません。友達を作らねばなりません。外に出かける事がとても怖かったです。
外はお母さんと行ってました。
外は、怖くて怖くて仕方がありません。
暫くの間、どうやって友達を作れば良いか分かりませんでした。この先もずっと、どの様に友達を作れば良いのか分かる事はありませんでした。
生きる答えを知る努力をするも絶望を経験する
どう生きれば良いのか生きる答えを知りたかった私は、これが答えだと思ったら極力真似する様にしていました。
最初に答えだと思ったのはキン肉マンです。キン肉マンの様になりたかったです。キン肉マンを真似する様になりますと、苛められている人がいたら助けに入りますが、今度は私自身が暴力に巻き込まれ虐められる様になる時に、キン肉マンの様に「火事場のクソ力」も出ませんし、私を助けに来てくれる人も居なかったので「友情パワー」も来ませんでした。
私は、三国志の劉備元徳も大好きで、彼の様に生きようと真似をしましても、私が流す涙は彼の流す涙とは全然違ったものでした。
人間のモデルには生きる答えが無いと思う様になりました。
次に生きる答えだと私が思ったのは数学とか物理学とか方程式により明確に答えがある世界でした。
最初のうちは良かったです。
感動していました。
ところが、方程式を学んでても予想だにしない出来事が次々と起こります。
一ヶ月の間に3回絡まれた事がありました。その内の2回はカツアゲに遭いましたが、ちょうどその日、親からおこずかいもらった時であったり、塾の月謝を支払うお金をもらった時でいつもより大きな金額を持っていた時でした。
場所も人も時間も違うのに、
たまたま遭遇します。
方程式を知ったはずなのにこの様な理解出来ない現象に戸惑いました。
ボクシングのライセンスを持ってる人に1時間半も殴られ続けた事もありました。ライセンスを持っている人が人を殴る行為というのは、法律的に問題があり、私が訴えれば、その方は犯罪を犯した罪で捕まる事になります。
世の中には、その様な事を平気でやってくる人もいるんだと衝撃を受けました。その時の傷は、今も左目の奥の方に仄かに残っています。
そうこうする内に社会人です。
生きる答えを探す上で、色んな人に会いに行きました。
- 幸せそうな人
- 投資や金融で成功している人
- ネットワークビジネス
- 宗教や精神世界
- 地域活動で力のある
- 物知りな人
- 多くの人に囲まれている人
生きる答えを知ろうとして様々な人に会いに行きましたし、何とかその方の良さをそのまま吸収しようとしました。その場ではどの人も、どのメソッドも、どのコンテンツも良かったですけど、生きる答えではない事を毎回確認させられてきました。
その最中も、
究極の孤独です。
一人で生きて良いかなくては行かない時の事が思い出されます。一人で外に出て行かないといけない時、どうやって友達を作るのか分からないまま一人で外に出かけないといけない時、お母さんと一緒じゃないと生きれない時の気持ちです。
寂しさを味わっていました。
そして、カッコ悪かったです。
無くなりたいのに無くなりません。
消えたくても消えません。
一体、生きるとはどういう事なのでしょうか?こんな自分とは一体何なのでしょうか?
Noh Jesu氏による変わった質問
そんな時、ひょんなキッカケから韓国人Noh Jesu氏の講座を聞きに行く機会がありました。その時、「この体だけを自分と思ったら説明がつかない事が多くないですか?」と質問しました。
前半は、キョトンとします。
後半は、そうだと同意します。
確かに、説明つかない事が多すぎました。私には、分からない事だらけでした。今まで出会ってきた人や物は全て、「これだ」という答えを示しているかに見えましたが生きる答えにはなりませんでしたし、分からない事が増える一方でした。
その状況に、
激しく同意します。
彼は何か知っているだろうと思い、彼のセミナーを受けに行きました。
nTechにより得た独特な認識経験
彼のセミナーは毎日がとても楽しかったです。受講仲間とも関係が深まり、彼が語る内容も一つひとつ理解が深まり繋がっていきます。
やがて、独特な認識経験を得ます。
目を開けたまま模様や形を遺したまま自分と自分の宇宙が消えてしまったんです。その直後に本当の自分と出会います。
本当の自分です。
本当の自分は、心がとても安心で平和で境界線が無いほどにどこどこまでも広がって終わりの無い状態でありながら同時に、躍動感があり力動そのもので、何でもなれるし何でもやれる可能性そのものでもありました。
自分と自分の宇宙をどの様に創っていたのか、その設計図がよく見えました。設計図が見えた事もあり、そして本当の自分がスゴ過ぎた事もあり、この体人間として生きる上での諸々の事は全くとらわれなくなりました。
体人間から心人間へ第二の人生の幕開け
自分のことを悩まなくなります。本当に楽になりました。軽いんですよね。心も体も考えも感情も。
悩み元が無くなります。
身体の自分のことは本当に悩まなくなりました。
本当の自分。
それは、
どこまでも、
奥行きがありまして、
心が平和で、
エネルギーに満ち満ちており、
スピードで躍動感溢れて、
力動に溢れる力、
なんでも出来ますし、
なんににでもなれますし、
可能性そのものでした!
本当の人間を認識し本当の日本を認識する
心において境界線がありません。本当の自分として生きる私は、人と関わる時に相手の体人間で苦しい状態が仕組みとして起きている事を明確に理解しています。
ですから、人間1人ひとりが感じている痛みや苦しみや悩みとかに翻弄されたり、怖いとか一切の邪魔な感情が消し飛んでいます。
自然にそこにおれます。
一緒におれます。
フツーです。
侍の気感覚わびさび美学とか歴史的に残してくれた日本の良さとして重なります。無境界線の心は、日本の良さそのものです。
本当の自分と出会い、本当の人間、そして本当の日本が見えてきました。本当の人間で生きる美しい姿そのままが、実は、日本が今まで残してきてくれた全ての美しさであり素晴らしさでした。
いつも格差が起こる時には日本の勝負が輝きます。そのたびに日本は世界に向かう様に美しい勝負の爆発が起こっています。
1度目の爆発がありました。
2度目の曝発がありました。
今は、3度目の曝発。
今から興ります。
そこに貢献する生き方です。
本当の自分と出会い、
本当の人間と出会い、
本当の日本と出会い、
日本の良さと出会いました。
友達作りこそ日本のミッション
本当の日本が見えたので、日本のミッションが見えます。日本の良さ、すさまじさ、美しさ、それをそのまま世界に展開していく事です。
日本の役割。
アジアからもルネッサンスを興せます。酷い格差が起こる時にいつも日本の美しい勝負が始まり世界へと浸透していきます。
産業革命が起こり、Industry 1.0からIndustry 4.0にまで来て今はAI時代です。究極の格差が用意されてしまうIndustry4.0ですから、次のIndustry5.0は日本から。
人間の尊厳に危機が訪れるたびに日本の勝負がありました。目を開けたまま、模様・形を遺したままきれいに消える技術を活用する事で、よくよく分かります。
尊厳に溢れる時代を世界に向けてプレゼントする。その仕事は日本にしかできません。
その仕事こそ友達作りです。
心から信頼する友達作り。
この深い世界については、別の記事で触れる事もあろうかと思いますので是非、そちらも読まれて下さい。
友達作り。
それが日本のミッションでもあり、世界に向けた日本の勝負でもあります。友達を作るという事は、そのくらい誇らしい生き様です。
0 件のコメント:
コメントを投稿