目的によって発揮されるタイプの人間もいれば、仕組みによって発揮されるタイプの人間もいますが、更にもう一つのタイプの人間があります。
それが、何者として動くのか、です。
何者として動くから発揮されているのか?
あなたは、自分の事を何であると思っていますか?これは人間だったら誰しもが必ず、思っている事です。
自分をどう思うのか?
自分を何と同一するのか?
自分を、男だと思って動く。
自分を、女だと思って動く。
自分を、長男だと思って動く。
自分を、末っ子だと思って動く。
何かが変わる気がしませんか?
自分を、貧乏人だと思って動く。
自分を、富者だと思って動く。
自分を、愛あふれる人だと思って動く。
自分を、薄情な人だと思って動く。
発揮される何かが変わるかと思います。
自分を、植物的な人間だと思って動く。
自分を、動物的な人間だと思って動く。
自分を、人間的な人間だと思って動く。
自分を、機械的な人間だと思って動く。
自分を、∞の可能性だと思って動く。
何が発揮されていくのかが違いそうです。
植物や動物と違って人間は、自己認識する事が出来ますから、この自己認識する事によって得る原動力や機能はとても影響が大きいでしょう。
自己否定や自己嫌悪をする人が、一体どんなことが発揮されているのかという見方で見てみても多くを学べる様に、何者として動くから、どんな事が発揮されているのかという観点から見ると面白いです。
目的によって発揮されるタイプ。
仕組みによって発揮されるタイプ。
そしてもう一つは。
素材や主体によって発揮されるタイプ。
これら全部が同時に機能してバランス良くある時に、自発的に素晴らしい原動力であり、持続的に成長し得る個人と組織を生み出すでしょう。
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