経験豊富な人ほど人材育成が上手だと思われます。困難で難解な局面を乗り越えた人ほど人の教育が上手いとされています。確かに、その様な側面はあるでしょうが、あくまでもそれは一部分であり、限られた領域。本当のところは違います。
本日のテーマは、「人材育成のプロ。0歳児」です。
人生経験が豊富な人ほど、失敗も成功も体験し、困難な局面を打開し、危機や限界を超えていますから、その様な方が人を育てるのと、そうでない方が人を育てるのを比較すると、人の育ち方は違って来そうです。
ところが、人の育ち方が違うと言いましても、桁違いに違うという事にはなりません。桁違いに、そして次元が違う程に、人の育ち方に変化が現れてくるのは、実はその様な体験を持つ存在が教育に携わる事ではありません。
体験は、感覚によって得られたものであり、感覚の結果として成り立ったものですから、感覚が人それぞれ違っている場合には対応出来ないという問題が潜んでいます。
本来、体験は役に立ちません。
教育には通用しません。
人生経験が豊富で在ろうと、豊富で無かろうと、共通するのは感覚を活用してきているという点では大差がありません。感覚を活用し、体験を得ているという意味では全く同じです。
問題にしたいのは、育成される側にも感覚があるにも関わらず、育成する側の感覚とは違うという点です。その状態では、感覚の結果である体験経験が曲がって伝わったり、そもそも伝わらなかったりします。
では、どういう状態であれば問題は解消されるでしょうか?それは、育成する側に体験や経験が無い事がとても重要で、しかも感覚が極めて未熟かつ進化成長している状態です。
それが0歳児です。
0歳児は、体験や経験が大人に比べて飛躍的に少ないです。また、感覚も未熟で進化成長する最中にあります。0歳児の赤ちゃんは、確かに人にモノを教える事はしませんが、しかし体験経験がゼロの状態で、感覚も未熟の状態ですから、そこと疎通する相手は感度が高まります。
0歳児と疎通交流する人は、感覚や感性が磨かれます。育成される側として、感覚や感性が非常に高まり、心が磨かれ、関心の幅と深さが備わります。
0歳児の赤ちゃんと接する人は、アイデンティティが変わります。それまでは普通の男性であった人でも、父親として再誕生します。0歳児の赤ちゃんが育成する側となって、父親として進化成長する日々を育成してもらっていると言えるでしょう。
父親としての感覚や感性が養われているという事です。育てられています。そしてこれは、父親として誕生する事に限りません。
意思決定者として、
経営者として、
教育者として、
誕生する機会を得ます。
感覚と感性を磨きながら。
人材育成のプロ。
それは0歳児です。
あなたが人材育成のプロになるなら、0歳児になる方法を探してみて下さい。
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