2018年6月15日金曜日

独特な認識経験を得る前後

私には生き方が変わった認識経験があります。

その認識経験を得た前後ではどの様に生き方が変わったのかについて少し触れようと思います。

その認識経験を得る前まで、私は生きる答えが知りたかったです。どの様に生きれば良いのかという質問の答えを知りたかったです。

生きていると色々あります。

その色々ある中で、一つひとつの判断や意思決定は、本当にそれで良かったのだろうかと後悔する事が沢山ありました。過去の事に後悔して未来の事に不安する日々を繰り返していました。

生きる答えを知らないから、過去には後悔するし未来には不安するのだと何時しか思う様になり、生きる答えを知ろうと探すものの中々、見つかるものではありませんでした。

生きる答えなど無いのだろうかと思う事も何度かあります。ただ、生きる答えが無いのだとしたら、本当に何でも自由にして良いのかと言いますと、世の中や社会はそれは許してくれません。やはり人を殺してはいけないですし、ダメな事はダメだという世界があるものです。

生きる答えを知らない中では、何をやっても自分に自信を持つ事は出来ませんでしたし、生きる事の意味が分からないだけでなく生きている事や選択している事の価値までが分からなくなってきます。

やがて、どの様に生きれば良いのかという事以上に、自分自身の惨めさや悲惨さの方ばかりが目につく様になり、「自分は何がしたいんだ?」「何で自分ばかりがこんな目に遭っているんだ?」「いったい自分とは何なんだ?」と閉塞していきます。

その様な時、ある出会いをキッカケにして独特な認識経験を得る様になりました。

認識経験を得てからはまるで世界が変わりました。世界が変わりますし、自分が変わります。世によく言う「世界が変わった」「自分が変わった」とは全く違う現象です。文字通り、それとは次元が違っていました。

世界が変わる事と自分が変わる事の確信は独特な認識経験の後に得たものです。

ずっと生きる答えが知らないまま、毎日を生きて、毎日死なない様に努力して、より良い人生にしたいと考えたり、様々な喜怒哀楽の感情が沸き起こったり消えて行ったりしましたが、何が起きても生きる答えが分からないままでしたし、その後も生きる答えは分かりませんでした。

生きる答えを得る。

その事は生き方に大きな影響を与えます。
私の生き方は劇的に変わります。

人生は、ゲームの様に楽しむものとなりました。

今日も見て頂いて有り難うございました。良かったら別の記事も読まれていって下さい。

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