物理学や数学などの方程式に魅力を感じている人は少なからずいるかと思います。その魅力を、生きる答えに見出している方も少なからずいる事でしょう。本日の記事は、物理学的な方程式や数学の方程式に生きる答えを見出したものの、答えは見付からなかった経験を書き綴りたいと思います。
本日の記事は、営業の仕事をされている方に特に読んで頂きたい内容です。直接的な繋がりは無いかも知れませんが、何かを感じ取って頂ける様に意識しています。
独特な認識経験を得る瞬間に向かって展開している話です。お付き合い下されば嬉しいです。
私は、自分が憧れた人の真似をする事を生きる答えとしながら、憧れた人であろうとする生き方を選択していました。ところが、憧れた人になろうとすればする程に、それとは違う現実ばかりが目の前に訪れます。
その事がとても苦しくて惨めでカッコ悪かったものですから、やがては生きる答えではないという結論を下しました。ところが生きる答えが無いままではいけませんので、次に見付けた生きる答えをタイトルにもあります物理学や数学の方程式に定めました。
これがとても良かったです。
方程式は、答えを出してくれます。
モノを見通す事が出来ます。
過去から現在、そして現在から未来まで、予測が可能になり、キャッチボールの様なスポーツや遊びから、天気予報などに貢献している衛星の軌道などの至る所に生かされている力強さがあります。
宇宙自然の事を知る上で有効な道具で、まるで人間さえもコントロールしている様に思っていました。
ところが、方程式に没入すればする程、私の目は益々どぎつくなっていき、知っている人からも、知らない人からも、目が気に入らないという事で絡まれる事がありました。
生きていると、理不尽で不条理な事が起きる事があります。予測が不可能で、どう考えても起きる事が難しいと思ったり、理解できない現象に遭遇する事があります。
私は、1か月の間に3回も絡まれる経験をしました。その内の2回は何と、偶然にも大金を持っていた時です。後にも先にも、この様な不可思議な出来事が再現された事はありません。
それから、1時間30分の間くらい、殴られ続けた事もあります。相手の方はボクシングのライセンスを持っている方で、私が訴えれば法的には立場が弱くなってしまう筈の人物が、お酒が入っていたとは言え私を殴り続けました。先日のブログ記事にも書きましたが私には暴力を振るう勇気と力がありません。
殴られ続ける一方です。
今も残る傷があります。
どうしてこのような事が起こるのかが全く分かりませんでした。バイト先も転々とさせられたり、行く先々でも仲の良い関係性を育む事が出来なかったです。
父親からも、「もういい。お前と話していると何か気持ち悪いんや!」と溢れる嫌悪感で話を遮られた事があります。父親は比較的に温厚な人で、感情的になる事はほとんどありませんでした。怒る時はその分、怖いものがありましたが、この時の嫌悪感は、怒りとは全く別次元のものでした。
正に嫌悪です。
怒ると怖い父親とは全く違った意味で、あの時の父親は本当に怖かったです。私の身に一体何が起きたのか全く分からず、階段を2階に上がって自分の部屋に行くまでの足取りはとてもゆっくりでした。
過去・現在・未来を予測できそうな方程式ですし、見え方が透き通っていましたし、考え方においても強い味方になってくれていました。
それなのに、理不尽で不条理に見舞われる。
一体どういう事でしょうか?
生きる答えを知っている私が、未だにカッコ悪くて惨めで悔しい状況から抜け出していません。そして、考え一つもコントロールできず、感情は暴走し、人間関係は一つひとつ丁寧に切れていきます。
三平方の定理や微分方程式は、恋愛関係や家族親族の関係や友人知人の関係には全く無力でしたし、目の前に現れてくる現象や現実に対しても極めて無力でした。
非力な自分を確認します。
生きる答えではないと判断しました。
そうこうする内に、社会人になる時期が近付いてきます。
かつては人間に生きる答えは無いと見て自分を含む人間不信になりました。今度は、物理や数学など方程式に生きる答えを見出そうとしたものの、それも生きる答えは無いと見ました。
社会には出ないといけません。
人間に関わらないといけません。
理不尽で不条理な事にも。
「生きる答えは無いのかも」
その様に過る考えはありますが、しかし諦める事は出来ません。取りあえず、色んな人に会ってみる事で、急速に人間不信を取り除きながら、社会への感覚を磨きながら、色んな人に会っては生きる答えを探そうとしました。
話は続きます。
いつも読んで頂いてありがとうございます。良かったら別の記事もお読みください。
0 件のコメント:
コメントを投稿