2018年6月22日金曜日

人生。どの様に生きれば良いのでしょうか?

このところは独特な認識経験を得た前後で劇的な変化を遂げた物語を書き綴っています。本記事もその流れを汲みますが特に次の様な方に相性が良いかと思います。

・人生に誠実な人
・大抵の事は自分の問題に置き換える人
・天命を知り自分の使命を果たそうとする人

島崎は小さい頃、母親の態度の急変を境目にして、
1人で生きなければならない様になります。大げさな話ですが、当時の私は何をするにしても、どこへ行くにしても母親と一緒でしたし、何でもかんでも母親がやってくれましたので、その母親から「あっちへ行きなさい」「外へ出かけてきなさい」「1人で遊びなさい」などと言われてしまう事は1人で生きなければならない環境に放り出された事と変わらない出来事でした。

ですから、とても不安ですし、とても怖かったです。何から何まで、何が何やら、全く分かりません。





人生。知りたかった生きる答え


いつも母親が一緒でした。


  • 1人で居なければならない時
  • 外へ遊びに行かなければならない時
  • 友だちを作らなければならない時


一つひとつの事、何でもかんでもが、どの様にすれば良いのか分からなかったです。どう生きれば良いのか分かりませんでした。

私にとっての生きる答えは母親が持っていましたが、生きる答えが急に無くなってしまうので生きる答えを探さなければならない様になります。

ある時から私は、人生をどの様に生きれば良いのかという生きる答えを探す様になります。





なぜ、生きる答えを知りたかったのか?


本記事に関心を持ち、お読み下さっているあなたは、生きる答えを知りたいと思っている事でしょう。そしてそれは、天命を知り使命を果たそうとする生き方に通じます。

私は、生きる答えが知りたかったです。
その背景や経緯について書き綴ります。




1人で居る事


1人で居なければならない事は、私にとってはとても苦痛でした。寂しくて仕方が無かったです。温かかった母親の胸や背中やお手てなどに触れる事が出来ず、安心の心、落ち着いた平安の心、和やかな私、、、それらが一気に消し飛びます。

どうにも仕方がありません。

不安で、怖くて、寂しくて、いつも泣いていました。泣く事に疲れたり、泣いても変わらない事を知ると、やがて泣く事も諦める様になりました。




外へ遊びに行く事


外へ遊びに行かなければならない時も、不安で、怖くて仕方がありません。外へ遊びに行くと言いましても、母親が居ない中で外に行くという事の意味からして全く分かりません。

どうして自分はお外にいるのか?
どうして母親はお家にいるのか?

どうして母親と一緒にいてはいけないのか?




友だちを作る事


友だちを作る時にも分からない事だらけでした。まずもって、友だちとは何だったのか分かりません。これについては、その先も長く分かりませんでした。

友だちが何なのか分からない中でも友だちを作らねばなりません。母親は、私に友だちを作る事を要求します。私は、友だちが何か分からないまま、友だちを作ろうとしますが、どの様に作れば良いのか分かりません。

友だちはどの様に作れば良いのでしょうか?

家に帰ると、「お友だちは出来た?」と母親から尋ねられます。この質問がとても辛い質問でした。聞かれると、胸が締め付けられる様に痛くなります。

私には、友だちは出来ませんでした。

「お母さん。お友だちはどうやったらできるの?」

と尋ねたら

「同じ事をすれば良いのよ」

と母親が答えてくれます。
もちろん、その様にします。

友だちを作ろうとして、砂場で同じ事をしてみます。ところが、友だちは出来ませんでした。同じ事をしたのに友だちは長く出来ませんでした。

「お友だちは出来た?」
「うん。」
「そう。良かったねー。どんな子なの?」
「。。。」

とても痛い質問でした。
私は、何を言って良いのか分かりません。

次の日も、お友だちを作りにいかねばなりませんが、お友だちは長く出来ませんでした。

ずっと、長い間ずっと、私は寂しくて、怖くて、不安で、母親の元に帰りたくても帰れなくて、どうしていいのか訳が分かりませんでした。

このままの心ではいられません。
感情のコントロールは出来ません。
生きる答えが知りたくなります。





どの様にして生きる答えを知ろうとしたか?


小さい頃の私が、生きる答えを知ろうとします。何が何か分からないままで、生きる答えを知ろうとします。小さいなりに一生懸命がんばります。

そんな中でも初めて出来たお友だちがいました。私は、そのお友だちがとても大好きでした。そのお友だちが好きな事を私も好きになっていきます。

生きる答えを知ろうとする手段。
それは、真似をする事でした。

小さい頃の私が出来る最高にして現実的な手段。生きる答えを知ろうとして私は、大好きなお友だちの真似をして生きる事でした。

お友だちと一緒にいられます。
一定の間、心は平和になります。




人生。最初に手にした生きる答え


それは、キン肉マンでした。

初めて出来たお友だちが大好きな漫画がありました。漫画「キン肉マン」です。漫画「キン肉マン」を読んでいる彼を真似して私は、彼の隣で彼の持つ漫画を真似をして一緒に読みます。

やがて漫画「キン肉マン」の主人公キン肉マンに憧れを抱くようになりました。

「おもしろいなぁー」
「かっこいいなぁー」

キン肉マンの生き方に魅かれていく私は、やがてキン肉マンの様に生きようと彼を心から真似する様になります。心から真似するキン肉マンは、やがて私の生きる答えになりました。

私が人生で最初に手にした生きる答えは、漫画「キン肉マン」の主人公キン肉マンでした。お魚が、海の影響を受ける事を理解する一つの良い現象です。

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