生きる答えを知りたくて、憧れる人の真似をしてみたり、物理や数学などの方程式に依存してみたり、成功を収めている人や幸せを感じている人たちに出会いに行くなどを続けてきました。
その度に、一喜一憂する気持ちがある反面、結局答えは分からなかったという絶望感でした。
どの様に生きれば良いのかが分からないと、何をどうすれば良いのか分からないのに意思決定をしなければならなかったり判断をしなければならなかったりしますが、それがとても格好悪くて、惨めで、辛かったです。
その想いだけが蓄積されました。
ところが、Noh Jesu氏との出会いを通して自分と自分の宇宙が目を開けたまま消える認識経験を得てからというもの、本当の自分と出会い、生きる答えを得た事を通して、自分の事は一切悩まなくなりました。
自分ひとりの問題だったのではなく、人間だったら誰もが持っている脳の問題だったからです。人間の五感覚脳の認識に観点を固定している問題によって、生きる答えも分からない様になっていますし、体だけが自分だという誤った思い込みをしている事にも気付きますし、それが人間であれば誰もが皆んな共通にして働いている仕組みである事を理解するからです。
思い込みの自分。
錯覚の自分。
その状態で、幾ら経験を積み重ねても、答えを知ろうと努力しても、経験が生きる事も無ければ答えに出会う訳もありません。
その事がよく分かりました。
そして、本当の自分で生きる状態は、自分の事を悩まなくなります。自分の事を悩まずに生きるので、身近な人間関係が変わります。
やがては、身近な人も。
自分の事を悩まなくなります。
自分の事を悩まない人たちで築く協力関係は、それまでのどんな協力関係よりも水準が違います。団結が半端ないです。
自分と自分の宇宙が消える認識経験を得てからというもの、文字通り人生がガラッと変わりました。それは、世の中で良く聞く「人生が変わった」というのとは全く次元の違うものでした。
いつも読んで下さってありがとうございます。良かったら別の記事もお読みください。
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