2019年2月9日土曜日

私と繋がった変化の重要性

若い時の自分と年齢を重ねてきた時の自分は、どちらも同じ自分でありながら時間の使い方など随分と変化して来ませんか?若い時と全く同じ様な時間の使い方とはならず、必要な事と必要でない事とを分けた上で良い選択であろうとしますね。

本日のテーマは、「私と繋がった変化の重要性」です。



人間ですから、何事も経験します。
長く生きてくると経験も蓄積します。

その経験は一体どこに蓄積されるのでしょうか?
あなたは答えられますか?

20代の時の様な若い時の自分と、40歳を超えて50歳を超える様になる時の自分では、時間の使い方が違ってくるのではないかと思います。

自分に意味のある時間なのか、自分の人生に意味のある時間なのかを判断する様になるでしょう。それを極々自然とこなしている筈です。

言うまでも無くその判断は、過去に積み上げた経験に照らし合わせて行われるものですから、自分自身の経験から判断して、時間を割こうだとか、時間を割かないだとか、選択をする事でしょう。

人間ですから、何事も経験です。

お茶を飲むという行為一つ取りましても実は経験でありまして、その経験は蓄積されています。その蓄積先は、他ならぬ自分であります。

私がお茶を飲んでいるのに、私ではないAさんの経験になり得るでしょうか?私がお茶を飲む際に経験した経験値は、Aさんに蓄積される経験値ではなく自分自身に蓄積される経験値です。

その蓄積によって、関係ある・関係ないですとか、価値ある・価値ないだとかの判断を行える様になっています。

他ならぬ、あなたが、です。

何を言いたいかと申しますと、より良い人生にする上で、今を見て、今を変化させたい訳ですが、その見るところが私と切り離された行動・目的・道具である人が本当に多くおりまして、その状態では私と切り離された経験ですから自分自身の経験値として蓄積されません。

正確に言いますと、その様な経験として自分自身に蓄積していますから、私と切り離された経験値を自分自身に蓄積しているという事になります。

私を見て、私を変化させるという事は、私と繋がった変化であり私そのものの変化でありますが、この事の何が重要なのかと申しますと、自分自身に蓄積される経験として非常に意味があり価値があるというところでございます。

40歳を超え、50歳を超えてくると、自分の経験を活かした生き方でありたいと思うでしょうし、第二の人生をより良く描きたいと思う事でしょう。

その時に、とても重要な事です。

あなた自身が変化する事をあなたは、見ていますか?ぜひ、あなた自身を振り返り、考えてみて下さい。

いつも見て頂いて有り難うございます。宜しかったら別の記事も併せてお読みください。

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