人間だったら誰もが皆んな見てるものがあります。人間ですから、生きていく上で見なくてはなりませんが、一人ひとり全員が違うところを見ているというのではなく、実は全ての人間が見ているものがあります。
本日のテーマは「人間だったら誰もが皆んな見てるもの」です。
人間として生きている個々人は、誰もが皆んな違う人間ですし、1人として同じ人はいません。ですから、人が見ているものは一見すると全部違うものを見ていると思いがちです。
ある意味ではその通りです。
ただ、よく見たら別の側面があります。
抽象度を高くして、高い抽象度を持って、人間を観察してみます。すると、誰もが皆んな、これに当てはまっている事に気付きます。人間は、皆んな、これを見ています。
SVOC
英語を勉強する時に第五文型を学ぶ文字列として見た事があろうかと思います。Sが主語で、Vが動詞で、Oが目的語、Cが補語として理解しているものです。
人間が見ているのは、このSVOCです。
そして、多くの人はCを見る人が多く、次にOを見る人が多く、次にVを見る人が時々いて、非常に少ない人はSを見ています。それが、昨日までに続く記事の流れでもあります。
多くの人は、C(道具)を見て道具を変化させようとしますし、O(目的)を見て目的を変化させようとしますし、V(行動)を見て行動を変化させようとします。そして、余りS(私)を見て私を変化させようとする人はいません。
それが昨日までの記事です。
C(道具)ばかりを見てS(私)を見ずに私を変化させない人が多く、O(目的)やC(道具)ばかりを見てS(私)を見ずに私を変化させない人が非常に多いです。
自分の人生に繋がりません。
さて、人間であれば誰もが皆んな、1人の漏れも無く見ているものがSVOCです。人によってはCだけ、人によってはOCだけ、人によってはVOCだけ、人によってはSVOC、であるかも知れませんが、意識していようと、無意識であろうと、誰もが皆んな、SVOCを見て、SVOCを変化させようとしています。
SVOCよりも更に引いて見る事はありませんが、更に引いて見るのが今からの時代です。今からの時代、一体、何を見て何を変化させてSVOCを見るというのでしょうか?
いつも読んで下さって有り難うございます。宜しかったら別の記事もお読みください。
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