本ブログに関心を持ち、その中でも天命を知る事に関心のあるあなたでしたら、限りある命の使いどころは有意義なものとしたいでしょうし、価値の高いところや貢献度の高いところに投じたいと思っているでしょう。
ある結果が起こるには、それに対応する原因があります。それを因果の法則と言います。昨日の記事では、草むしりで起こる具体的な現象を引き合いにして、結果に勝負するのか、原因に勝負するのか、という問いかけを致しました。
原因に勝負をするのでしたら、根っこを根こそぎ取り除く草むしりとするでしょう。そして、天命に生きるあなたの命の使いどころに時間の大半を投じるかと思います。
結果に勝負をするのでしたら、気を煩わせない程の長さまで草を切り取り、根っこを根こそぎ取るところには時間をかけず、ささっと草を切り取ってしまって終わりとするでしょう。ただし、数日したら再度また、気を煩わせる程の長さまで草が成長してきますので、数日後のその時には草を切り取るところに時間を投じる事になります。
1回に投じる時間の量は少ないかも知れませんが、例えば週に一度は毎回、草むしりに時間を投じなければ気を取られる事になり、天命に生きるあなたの命の使いどころは一週間に一度は必ず草を切り取る事に投じる事になります。冬以外の季節は、毎週いつもいつも、草を切る事に時間を投じます。
あなたの人生はどちらが生き生きしていそうですか?
天命を知りたいと思い、自分の命の使いどころを価値の高いところや貢献度の高いところに投じていきたいあなたですのに、毎週毎週、草を切り取り続けるところに時間を投じなければなりません。
これでは高い生産性をあげれません。
要するに大きな仕事は出来ません。
いつも、草を切り取る事に心も時間も取られるからです。原因に勝負せず、結果に勝負するという事はそういう事です。
天命に生きる自分が主人公なのではなく、天命に生きる自分が時の流れや草の成長に付き従う奴隷として機能していると言えます。
ここでは草むしり一つに限る話です。
ただ、この様な事が至る所にあります。
草むしりの他にも沢山、潜んでいます。
結果に勝負するという事は、あなたの人生が原因になるのではなく、何かの結果となってしまう事を意味しています。逆に言えば、原因に勝負する事で、あなたの人生が原因となり主人公でいられます。
結果に勝負する事。
天命に生きるあなた、命の使いどころを明確にしたいあなたでしたら、非常に問題である事が見えてきますでしょうか?
いつも読んで下さってありがとうございます。
宜しかったら、別の記事もお読みください。
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